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第4章 再会 15
その次の週末、俺は久しぶりにスーツを着た。ジャケットを羽織りながら、亜矢の自室の扉を開ける。
亜矢は大学の課題の最中だったのか、パソコンの画面にかじりつくように向かっていて、俺が入って来たことに気付いていない。
黙って背後に近づき、ちらと画面を見る。
「あ、間取り図」
俺の声に亜矢は大げさなくらい驚いた。
「びっくりしたぁ。もう、ノックぐらい――」
「これ、CADってやつ? そういえば、建築学科に進んだんだって? 義兄さんの影響?」
「え……うん」
「お前、義兄さんの真似して、よく紙で工作してたもんなぁ。変な家とか作って」
「変って、言わないでよ」
少し睨むように上目遣いで俺を見て、「何の用事?」と不機嫌そうに訊ねる。
「これから出かける。お前も来い」
亜矢はあからさまに嫌そうに眉根を寄せた。
「そんな急に……」
「予定空けとけって、言っておいただろ」
「それはそうだけど……一体、どこに」
「来れば分かる。早くそれに着替えろ」
強くそう言って、用意していた相応の服を投げて寄越す。亜矢は不服そうな顔をするものの、何も言わずにそれを受け取った。
リビングに戻りながら、俺は今から行うことが果たして本当に正しいのかと、自分自身に問い質した。
亜矢を連れて行くのは、真実を確めるため。
所属する研究所の本部では、年に一度懇親会が開催され、今日がその日だった。
この研究所は、自治体や大学、多業界の企業とも共同研究を行っており、今夜はそのパートナーも招待されている。
あの会社も、去年うちと関係を持った。あの男がどういうポジションにいるのか、そもそもその会社に居るかどうかも知らない。それでも、僅かな可能性にかけてみる。
“ユヅキ”が本当にあの男なら、おそらく亜矢は、姿を見た瞬間にそいつの元へ帰るはずだ。
そんなリスクを冒してまでも、確かめなければならない。亜矢の想い人の正体を。
千尋兄、と小さく声をかけられ、ふと我に返ると、スーツに身を包んだ亜矢が、いつの間にか傍に居た。
やや細見のそれは、華奢な体のラインを綺麗に見せ、青みの強いネイビーも、見立て通り色白の肌によく似合う。
何より学生時代の亜矢しか知らない俺は、その姿に大人の男を感じて、一緒に過ごせなかった4年の月日を改めて恨んだ。
「そういえば」と、亜矢が口を開く。
「千尋兄、スーツ、珍しいね」
「まぁ、学会以外で着る機会無いからな。どうせ似合わないっていうんだろ」
「……似合わない、ことも無い、かも」
少し間を置いてから呟くように言い、つい、とそっぽを向かれる。こんな態度も愛おしく思ってしまうが、同時に形容しがたい感情が湧いてくる。
俺の全身を見たときの亜矢の瞳で解ってしまった。こいつは“スーツの似合う男”が好きなのだ。前の男も、きっとそうだったに違いない。
うごめく嫉妬心。そして、大人の色香を纏う亜矢の姿に、どうしようもない欲情に駆られた。
「っ!何を……」
襟元に手を掛け、紺のネクタイを緩めると、亜矢が抗議の声を上げた。
箍が外れそうになるのをぐっと堪える。この2ヶ月、我慢して積み上げてきたものを無に帰すわけにはいかない。
――それでも。もし、最悪の結果が待っていたら?
真っ白のシャツを肌蹴させ、露わになった首筋に唇を寄せる。亜矢はピクリと小さく身を震わせ、俺の肩を手で押して抗った。逃げようとする細い腰に腕を回して引き寄せ、そこを軽く舐めた後、強く吸い付く。
首筋から唇を離すと、亜矢は直ぐに指でなぞり、恨めしげに俺を見た。
「酷い……ココじゃ、人に見られる」
「馬鹿。見せつけるために付けたんだよ」
――紅い印 は、保険だ。
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