80 / 126

第4章 再会 17

「君たち、知り合いなのか?」 互いに目を合わせたまま凝然としている俺たちを見て、室長が不思議そうに訊ねた。 「ええ、まあ」と歯切れ悪く言うと、詩織がはしゃいだ様に声を上げる。 「すごい巡り合わせ! 結月さん、私、千尋の後輩なんです。高校と大学が一緒だったんですよ」 “結月さん”と呼ばれた男は、何も言わずただ俺をじっと見つめていた。驚きの色はまだ消えてはいなかった。 「久しぶりだな、一ノ瀬」 室長がいる手前、このままダンマリとしているわけにはいかないので、平静を装いつつ声をかける。 「……ああ」 そいつは低いトーンでそれだけを口にしてから視線を逸した。 そんなに俺と会ったのが嫌か。俺の名前を覚えていたことは意外だったが、あからさまな態度が腹立たしい。 「久々の再会で、若い者同士、話すこともあるだろう。蓮見君、また後で話そうか」 室長のありがた迷惑な提案に、「お気遣いありがとうございます」と無理矢理笑って礼をした。 俺たち三人を残して室長が去った後、果たして沈黙が続く。詩織はただならぬ空気を感じ取ったのか、「向こうでの生活どうだった?」と話題を振った。心が落ち着かぬまま、ぼんやりと適当に返す。 彼女が緩くウェーブがかかった髪を左耳に掛けたとき、不意にキラリと光るものが目に入った。 「詩織、それ……」 手元への視線に気づいた詩織が、はにかんだ笑顔を浮かべた。 「あのね、千尋。私、彼と婚約したの」 「――え、誰と?!」 思わず馬鹿みたいな質問をした俺に、「そんなに動揺しちゃって、千尋らしくないなぁ」とくすくすと笑う。 「ここにはもう、一人しか居ないじゃない」 詩織は白い歯をこぼし、隣に居る男の横顔を見た。 ――詩織と、一ノ瀬が……? 数年前、詩織の実家である笠原商事の一部門が、業務提携という形で一ノ瀬グループと繋がりを持ったことを聞いていた。大企業同士、そういったことはよくある話だ。 いつか見合い話がくるのではと、周りから茶化されていたようだったが、まさか、本当に婚約なんて……。 「……良かったな。おめでとう」 頭では混乱しているのに、勝手に祝いの言葉が口をついて出る。 「式の日取りはまだ決まってないのだけど、千尋にもぜひ参列してもらいたいなと思ってるの」 「……ああ、もちろん行くよ」 ふと一ノ瀬に視線を移した。幸せそうに微笑む詩織とは対照的に、無表情で俯いている。 「いち――」 声をかけようとしたその時、そいつの背景に人込みに紛れて俺を探す亜矢の姿が見えた。 数名の中国人スタッフに声をかけられて、不安そうな表情を浮かべているのが遠くからでもよく分かる。 俺が背後を見ていることに気づいた一ノ瀬が、怪訝な顔で肩越しにそちらを見た。静かにそいつの口が開く。 「あ、や……」 微かな声が聞こえたかと思うと、次の瞬間、もう一度その名前を叫ぶように発した。 一ノ瀬の瞳が捉えていたのは、間違いなく“亜矢”だ。 見つめるその先へ駆け出そうとする一ノ瀬の腕を、俺は咄嗟に掴んでいた。 「離せっ……!」 振り払おうと暴れる腕を強く握りながら、俺はあの夜の亜矢の姿を思い出していた。 ――『ユヅキさんに、会いたい……っ』 消したかった可能性。 「行くな」 ――もう、充分解った。会わせたくない、絶対に。 「蓮見っ……!どうしてお前がっ」 「それはこっちの台詞だ!」 思わず大声で怒鳴っていた。 「ちょっと来い」 周りからの視線に気づいて、掴んだままの一ノ瀬の腕を引く。詩織に「悪い、こいつ借りる」と早口に言って、出入口の扉へと向かった。 ちらりと見た彼女の横顔は、痛ましいほど哀しみを湛えていた。

ともだちにシェアしよう!