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第5章 真実 04
姉が紅茶を淹れている間、部屋から戻って向かいの椅子に座った亜矢は、ぼうっとした表情で俺を見ていた。
「久しぶり、亜矢。俺のこと、覚えてるか?」
あんまり見つめられるものだから、目の前でひらひらと手を振ってみせると無言で小さく頷いた。
「ふふっ、緊張してるのよね?」
姉の言葉に俯いた亜矢の顔が少し赤くなったのを見て、その素直な反応につい口元が綻ぶ。
「あ、洗濯物、取り込んでこなくちゃ」
ふと窓の外を見た姉はそう言って立ち上がり、慌ただしくリビングから出て行った。
亜矢は静かにシュークリームを頬張っている。特にこれといった話題も思いつかず、俺は黙ってその仕草を眺めていた。
「あ、の」
「ん?」
「千尋兄は食べないの?」
「俺はいい、甘いもの苦手だから。それ、姉さんのリクエスト。……それより」
手を伸ばして、亜矢の口の端に指を触れる。
「さっきから、クリーム、ついてるぞ」
「え……」
「子供かよ」と小さく笑って、親指の腹で拭ってやると、亜矢はぴくりと肩を揺らし、濡れた榛色の瞳をすっと俺の方に向けた。目元と頬が少し赤らんでいた。
その反応と表情を見て、下唇に指を触れたまま思わず固まってしまう。
「お前……その顔やめろ」
「え、その顔って、どんな……?」
「どんな、って……」
――誘ってるって、変な勘違いをする奴、いるかもしれないだろ。
「二人とも、仲良くしてたぁ?」
突然聞こえてきた姉の声に、何故かドキリとして咄嗟に手を離す。同時に亜矢が椅子から立ち上がった。
「ん?もう行っちゃうの?」
「僕、宿題あるから」
亜矢は俺の方を見向きもせず、静かにリビングから出ていった。
「ねえ、あの子と喋った?」
暫くドアの方を見ていた姉が、いきなり深刻そうな顔をこちらへ向けた。
「え?……いや、特に」
やや動揺して言うと、残念そうに眉を下げる。
「亜矢ね、千尋と離れてすごく寂しそうだったのよ。元々内気な子だったけれど、口数がなんとなく減っちゃったし、一時期笑わなくもなっちゃって。
そうしているうちに、知らない土地に転校でしょ?それで女々しさに拍車がかかったっていうか……」
姉の言葉で、そういえば、と思い出す。
俺と姉は、親が再婚同士の異母姉弟になる。
父母ともにかなり自由奔放な性格で、俺が中学3年の時、いきなり四国の島に移住すると言い出した。昔から海の見える地に店を開きたいという夢があったらしいが、旅行で訪れた際、瀬戸内海の穏やかな風景にすっかり惚れ込んだらしい。当時反抗期真っ只中だった俺は、田舎に行くのは嫌だと猛反対し、高校卒業まで3年ほど姉家族の家に居候させてもらうことになった。
多忙な姉夫婦に代わり、当時はよく亜矢の面倒を見てやった。いや、面倒を見る、というより、実際は同じ空間に居てやっただけだ。
思春期ゆえに冷たく接していた事もあったと思うのに、何故か亜矢はそんな俺に懐いていた。
「懐かれても、なあ」
――俺のせいかよ。
溜息を吐いて立ち上がり、教えてもらった亜矢の部屋へ向かう。
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