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第5章 真実 13
7月。
一ノ瀬と出会って、いつの間にか半年が経っていた。
彼とは自然に会話をする関係にまでなってはいたが、変わらず木曜日以外に会うことはせず、連絡先も聞かなかった。
彼がいつまでも此処に来るとは限らない。
来週にはもう会えないかもしれない。
そんな怖れを抱きながらも、それをしなかったのは、僅かな自制心があったからだ。
一ノ瀬に関しては、自分でも驚くほど慎重になっている。まるで触れたら壊れてしまいそうなほど、繊細で無垢な空気を纏った彼を、大切にしたかった。
しかし実際は、その想いと行動は矛盾していた。
亜矢に初めて触れた日から、一ノ瀬に会う回数に比例して、あの行為の時間は増えていたのだ。
“大切にしたい”と思う彼を、まるで穢すように。
自分は元々性欲の強い方ではない。
高校、大学は彼女が途切れたことはなかったが、正直、惰性で付き合っていた期間もあった。女特有の柔らかい身体や可愛らしさは嫌いではない。しかし、向けられる好意の中にあざとさや所有欲が見えた途端、引いてしまう。一ノ瀬に向かって「お前は冷めている」と言ったことがあったが、自分も相当薄情な人間だ、と自覚していた。
半年前のあの頃は、そういった自身の淡白さに加えて忙しかったのもあり、1年ほど彼女は居なく、女との情事も暫く無かった。だから、あれはきっと、性欲をなおざりにし過ぎたばかりに、一ノ瀬のあの色気にあてられただけなのだ、と思っていたのだ。
そしてあの後一度だけ、酒の勢いで誘われるまま女を抱いた。
亜矢に触れた時ほどの興奮はなく、達しても欲の満たされることはなかった。
その時ようやく理解した。自分は本当に、“亜矢に投影した一ノ瀬”に、欲情していたのだと。
一週間に一度、図書館で共に過ごすあの独特な空気を、匂いを、忘れないように身に纏い、細い体を抱き締め、髪を弄ぶ。
白い肌と、たった一度だけ触れることのできたあの髪の質感だけが、脳裏で一ノ瀬を形作り、亜矢の似ても似つかない容姿と雰囲気に官能をくすぐられる。
馬鹿なことをしている、ともう何度思っただろう。
「亜矢、風呂」
姉の家を訪れていた俺は、テレビを見ている亜矢の後ろ姿に声をかけた。亜矢はそれを聞くなり振り返って驚く様な目を向けてから、紅くなった顔を隠すように俯いて立ち上がった。
「あら、一緒にお風呂?ずいぶんと仲良くなっちゃって」
キッチンから顔を覗かせて嬉しそうに姉が言った。
亜矢はもう中学3年生だ。普通に考えたら、そんな歳にもなって男二人で風呂に入るなど異常なのに。
姉のあまりの鈍感ぶりに、安堵すると同時に心苦しさを抱く。
誰か、俺を止めて欲しい。ずっとそう思い続けてきた。
姉がこの異常な行動の真相に気付くことは、多分、一生ない。
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