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 鍵のかからない控室。部屋を広く見せる大きな鏡も、ゴブラン織りの大きなソファも、ゆったりと過ごす為の(しつら)えのはずだが、高校生のユキオにとっては落ち着くどころではない。居心地がどうのこうのと考える余裕は無かった。    ベルトの金具が、外せない。  そして、「好きにしていい」と言ったきり、焦る自分を愉しそうに見つめる、大人の男。  焦れば焦る程、手元が震える。自分のものだったらいざ知らず、一回り以上年の離れた大人の男が畏まった席の為に身につけるものは、造りが違うらしい。  控室に居合わせた初対面、三十代の男と、高校に入ったばかりのユキオ。お互い時間を持て余し、話をしていたはずだった。ユキオが着ていた真新しい制服をきっかけに、話に花が咲く。で、話の流れでこんな展開。……大人ってコワい。  「俺も初めは高校生だったかな。君くらいの年のうちに経験しておいた方がいいよ」なんて、軽い誘い文句で乗せられてしまった。  男は手を貸す気が無いらしい。至近距離で静かに笑って、成り行きを見守っている。  もしこれが自分の物ならば、力づくで外してしまうかもしれない。でも、これは日本製ではない高級ブランド。見慣れない形状のバックルは、詳しくはわからないが、もし壊してしまったら高校生の所持金で直せる物とは思えなかった。  バックルだけじゃない。この人自身を傷付けてはいけない。  出来得る限り丁寧に扱わなくては。  そう考えることが却って自分を追い込み、指先の自由を奪っていくことに、ユキオはまだ気付いていない。  男には、ユキオが内心は焦りまくっていることなんてお見通しだ。でも、それが簡単に見通せるのは、我が身にも覚えがあるからだと気付いて、嘲笑う気にはならなかった。  ゆったりと構え、ユキオの本来のペースを取り戻せるよう言葉を選ぶ。 「大丈夫だよ。俺のだから。女性と違って頑丈に出来ているから」  男が気を遣ってくれている。さすが一回り以上年上の男性は優しいんだな、と感心する。  この人は許してくれる。間違いを起こしても問題にしない人に違いない。それならば、彼の器の大きさに甘えてしまえば、安心して事にかかれる。  男は悪戯っぽく笑って言った。 「このまま、お前のものにしてしまえばいい。今日からは他人じゃないんだから、遠慮は要らないよ」 「え……? まさか。冗談でしょう?」  大胆な申し出に顔を赤らめるユキオの頭を、力強い大きな手で、なのにふわふわと撫でられていると、本当に甘えてしまってもいいような気がしてくるから不思議だ。  学校では精一杯格好つけて優等生を演じているユキオ。こんな必死な顔をして大人の男の手のひらで転がされている姿は、友達に見られたらどんなに滑稽に映るだろう……ユキオ自身が、そのギャップを受け容れきれずにいた。  時折、外から聞こえるチャペルの鐘の音。  パタパタと足音が近づき、部屋のドアノブが無機質な音を立てた。

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