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-3- (七年後の春)

 四月一日。年度初めの今日は入社式。  新入社員は社長室で訓示を聞き、会議室に移動。社員に自己紹介の後、総務部 栗原による教育を受け、大型連休前に配属部署が決まる。  極めて小規模な企業だ。3人の新卒採用を前に、堅苦しくならない程度に、かつ期待を込めて、社長らしく話そう、と前に立った。  入室して一列に並んだ新人君達に向き直り、第一声の前に軽く息を吸い込む。  ……え?  社長が固まる。  目の前の、新人3人の中の一人は……ユキオだった。  入社式が終わり、会議室に移動する。最後尾にいたユキオが社長に駆け寄った。 「本日入社致しました。新入社員の服部です。社長、よろしくお願いいたします!」  深々と一礼するユキオ。 「社長…って。他人行儀だなぁ、なんだよ、ウチに来たかったのなら相談してくれたらよかったのに」 「エンコとか、煩わしいの苦手なんで。あと、自分を試してみたかったから」  そういう跳ねっ返りで無防備な感情は、自分にも覚えがあった。ただ、それじゃあ水臭いじゃないかと面白くない思いでユキオを見る。 「わかったよ、一般の新卒採用として他の社員と分け隔てなく接するよ。その代わり……会社に損害を与えたら、容赦なく処罰するから。横領なんか言語道断! 無断欠勤、遅刻だってお仕置きするからな!」 「遅刻したら、即刻解雇ですか?」 「いや、遅刻ならお仕置きだ。社内で俺のこと『お兄様』と呼んでもらおうかなーー♪」 「……毎朝一番に出社します」  楽しみにしてるよ。と握手を交わした。 「姉の結婚式の時に戴いた、コレ……」  真新しいスタンドカラーのジャケットの袖口から、暫く振りに目にした金色の腕時計を覗かせた。あの結婚式から7年。目の前の青年はあれからどんな成長を遂げたのだろう。背も伸び、すっかり男らしくなった顔立ちに、シックな金の時計は違和感なく馴染んでいた。 「出世払いって約束したでしょう?  これの代金分、返せるくらい出世させて下さいね!」  ニタリと笑って一礼。踵を返し研修に向かうユキオを見送り、溜息をひとつ落とす。  ……こんな大胆な悪戯、誰の協力も無くユキオ一人で進めることは不可能だ。手を貸したとしたら、栗原に違いない。 「栗原、ちょっと」 「はい、なんでしょう坊ちゃま」 「会社でその呼び方は辞めてくれ。お前、ユキオの件、知ってたんだろ?」 「いえ、私は総務でございます。人事には何の権限もありません」 「……気付いていたのに黙っていたのか。人が悪いな」 「何の手心も加えておりませんが、採用となったのは何かのご縁でしょう。服部様の運の強さですよ、きっと」  では研修に向かいます。と栗原は退室した。  あの日も今日も、本気で腕時計の代金を徴収する気はさらさら無い。  なんだかモヤモヤする。「出世払い」って普通、他所で稼いで来て払うもんだろう? まさか、自分が払った給与から貰うことになるなんて、予想もしなかった。 「給与から天引きしていいのかなあ。  それとも、文字通り“出世”と言える役職に就かせたら回収するかなあ……  そうか、出世させないといけないってことか。上手く出来てるよなあ」  ……策士め!  腹が立つのではない。してやられた!の爽快な敗北感だ。  血の繋がりは全くないが、可愛い義理の弟。  自分によく似た若いのが、ヒラの新入社員から這い上がってくるのを想像して、改めて気を引き締める。  ユキオのあの性格だ。出世どころか、自分の席すら危ういんじゃないか? ……怖い考えが脳裏に浮かんで、慌てて打ち消した。 うかうかしていられないな、まったく。 <おしまい>

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