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 二年前。秋穂の十三歳の誕生日だった。  前日から義父(ちち)に呼ばれ、秋穂は石蕗家に帰っていた。内輪のパーティーがあるらしいと、まったく乗り気でなさそうに言っていた。  冬馬がマンションに戻ったのは、幼い頃から通っている剣道の稽古の帰りで、もう夜の十時を過ぎていた。  街灯の(もと)、植込みの前にしゃがみこんでいる人影が、遠目からも見えた。顔は見えないが胸騒ぎを覚え、冬馬は足を速める。それは途中で確信に変わり、雨水を散らして走りだした。 「アキ!」  しゃがみこんでいた影が頭を上げる。  秋穂だ。ほんの数秒ぼんやりと、駆け寄ろうとする男を見ていたが、突然立ち上がり身を翻す。 「待てっ!秋穂っ!」  冬馬は追いついてその細い腕を掴む。  十一月の冷たい雨の中。傘も差さず、上着も着ていない。シャツ一枚で、しかもボタンが幾つか無いという有様だ。 「ずぶ濡れじゃないか……どうして……っ」 「ごめん……なんで来たんだろう……」  自分の手首を握っている男を見ないまま。恥じ入るような小さな声。逃れようとする肩を、冬馬は少し力を入れて自分の方に向け、その蒼白い顔を覗き込む。 「……見ないで……かえ……る」 「馬鹿言えっ。とにかく、俺の部屋へ」  冬馬は力なく踠く身体を、抱きかかえるようにして歩きだした。  部屋に入るとすぐに脱衣所に向かう。 「早く服を脱いで、シャワーを浴びるんだ」  そう言って自分は脱衣所を出ようとする。しかしガタガタ震える指先が残り少ないボタンさえも外せないのを見ると、放っておくことはできなかった。そして素肌に張りついたシャツに手を伸ばす。  秋穂はそれを止めようとしてか冬馬の手を押さえたが、すぐに離し、されるがままになった。 (……これは……)  シャツを掴んだ手が微かに震える。肌に張りついたシャツをゆっくりと脱がし、床に落とした。  秋穂の身体には幼い頃の虐待の傷が今でも残っている。しかし、それとは別の、真新しい紅い痣が身体中にあった。白い肌に散らばる、無数の花びらのように。  秋穂の部屋で嗅いだ、秋穂のものではない匂いがした──ような気がして冬馬は唇を噛む。 「俺が──綺麗にしてやる……っ」  冷たいその手を取り、バスルームに入った。

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