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3 ☆

 ── Happy Birthday ──  そう打ち込んで送信した。  晴れていれば陽射しが降り注ぐその空間を仰ぐと、どんよりとした空が見えた。 「──今日、秋穂の誕生日だ……」  幾つかある切り株のひとつに座っている冬馬の手許を、詩雨は覗き込んだ。 「詩雨」 「今日は寒いな……」  そう言いながら冬馬の座っている切り株の脇に腰を下ろす。 「いつも秋穂の存在を無視してる感じなのに、誕生日とかクリスマスとかになると呼びつけるのな。オレたちだって、祝ってやりたいのに」 「……大人の思惑って奴だな」  口許を軽く歪めて笑みを作るが、その()には激しい憤りがちらついていた。冬馬がそれ以上何も言わないので、詩雨もそのことについては話を続けなかった。 「──相変わらず、描いてるんだな」  冬馬の周りに散らばっている紙を、詩雨は一枚取る。それは洋服のデザイン画のようだった。紙と一緒に色鉛筆の並んだケースも置いてある。もう何枚か手に取る。 「は?このデザイン画の顔、ぜんぶ秋穂に見えるけど?ドレスもっ」 「気のせいだろ」  事も無げに言う。 「ったく、どんだけ好きなんだか」  ピンク色の形の良い唇を尖らせ、小さく毒づく。 「ほんとお前って、王子さまみたいな顔して、口悪すぎ。ファンが泣くだろ」  冬馬は面白そうに言う。 「人のこと言えるかっ」  笑って言い返すが、その後に続く言葉はほぼ独り言に近い呟きだった。 「ファンなんかいない。オレは、天音くんたちとは違う」  その小さな叫びを冬馬は聞き留める。  天音くんたちとは違う──その言葉は、彼の口癖だった。そして、それを聞く度に冬馬は言う。 「俺はファンだよ。俺は、お前の音が、好きだ」  一枚の紙を渡す。 「あ……オレ……?」  それは明らかに詩雨の顔。冬馬がデザインした服を着て、ピアノを弾いている。  冬馬は草の上に置かれた、白く美しい手を取った。 「この長く繊細な指が奏でる音楽が──好きだ」  そして、指先に唇を寄せる。びくんと、詩雨の身体が震える。 「でも。最近のお前の音には──迷いがあるような……なんだか、とても苦しそうだ……」  心を蕩かす甘い声。 (ああ、ほんとにこの男は……天然たらしだ……っ) 「なんか、降ってきそうだな」 「ああ」  同時に空を見上げた。  聖愛学園とカンナ音楽院は、内側から行き来することができる。ふたりはその木戸の前にいた。 「冬馬、この後は?」 「ああ、今日はもう帰るよ」 「珍しい。道場には行かないんだ。そう言えば、中等部になってから習いゴト増えたよねぇ。空手とか?合気道とか?」  少し考える素振り。 「あ、そうだ。一年の今ぐらいの時期からじゃなかった?」 「そうか?」  生返事をする冬馬の顔を、詩雨はじっと見つめた。何かを読み取ろうとしているような、ブルーグレイの瞳。しかし、すぐに自分から逸らす。 「じゃあ、また」  詩雨は音楽院の方へと歩き、冬馬はもう少し先の門から外へ出た。  冬馬がちょうどマンションの前まで来た時、ポツンポツンと水滴が頬に当たり始めた。 (とうとう降りだしたか──アキの誕生日は、いつも雨だ) 「……まるで、アキの涙みたいだ……」  ぽつりと呟く。 (きっと……今日も、アキは来る……)  冬馬は誰もいない自分の部屋へと入った。中等部に進級するのを機に彼は本宅を離れた。聖愛に徒歩で通える、高級住宅街にある橘家所有のマンションに独りで暮らし始めた。  冬馬は一時間程して傘を持って部屋を出た。もう外は暗く、街灯が灯っていた。雨はそれ程激しくはない。エントランス前の植え込みを彼は眺めた。 (──あの日、土砂降りだった。アキはそこにしゃがみこんでいた、ずぶ濡れで──)

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