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 詩雨はフロントで聞いた客室まで急いだ。走りながら、天音の言葉が何度も浮かぶ。 (あのコがいなければって、思うことあるだろ?)  その度に足が止まりかけては (そんなことあるわけない)  と、打ち消して、また走りだす。  やっと目的の部屋のある階まで来る。足早に客室のナンバーを確認していくと、半開きになっている扉があるのを見つけた。駆け寄って確認する。先程フロントで聞いたナンバーだった。  内から争っているような声や物音が聞こえてくる。 (ヤバいっ)  近くには人影はなかったが、誰かに見られるのは困る。  部屋の内に飛び込むと急いで扉を閉めた。  バタンと大きな音がしても、ふたりはこちらに気づかない。もう既に、争っている、という状態ではなかった。  冬馬が壱也の胸倉を掴んで、一方的に殴っていた。壱也が意識を保っているかも定かではない。  冬馬の顔の傷や、部屋の調度品が壊れて散乱しているところを見ると、壱也も幾らかは応戦したのかも知れない。しかし、彼よりも体格が良く、幾つもの武道・格闘技の心得のある冬馬には敵わなかったのだろう。 「冬馬!やめろ!」  近くで叫ぶがまったく耳に届いていないようだ。 (秋穂は……)  この部屋にはいない。  隣の部屋がツインのベッドルームだ。  奥のベッドに誰かが横たわっているのが、フットライトの淡い光の中に見えた。確認するまでもなくそれは秋穂だろう。 「秋穂!」  詩雨はベッドに駆け寄った。  秋穂は気を失ったままだ。しかし、さっきとは様子が違っていた。  顔には殴られた跡がある。顔だけではなかった。赤いリボンタイはほどけており、オフホワイトのブラウスのボタンもすべて飛び散っている。はだけた上半身にも暴行を受けた跡があった。 「ひどい……っ」  詩雨は隣のベッドから上掛けを運び、秋穂にそっとかけた。彼のことは取り敢えずそのままにする。  先にあっちをどうにかしなければならない。  詩雨は隣の部屋に戻った。  まだ冬馬は壱也を殴りつけていた。 (これ以上はダメだろっ)  詩雨は冬馬を背中から押さえようとした。 「やめろっ、トーマ!これ以上やったら、死ぬからっ!」  それでも彼はやめない。逆に詩雨が吹き飛ばされた。床にしたたか打ちつけられたが、すぐに立ち上がって、今度はふたりの間に割り込もうとした。 「やめろってばっ!」  その時、冬馬が拳を振り上げ──詩雨の顔を殴りつけた。 「つう……っ」  頬を押さえてしゃがみ込む。口内に血の味が広がった。 「し……う?」  動きが止まった。  やっと、冬馬の瞳が自分を捕らえたのを、感じた。

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