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7 ☆☆
「これは冬馬のデザインだね」
Citrusにはメインのデザイナーがいるが、時々こうして冬馬のデザインが混ざる。
「よくわかるな」
「まあね」
儚げで繊細──誰をイメージしたデザインか一目で判る。そう思うと胸が痛んだ。
「──ハルはどう?」
他の写真にも眼を向ける。
「ランウェイ、初だっけ?なかなかいいと思うよ。ちょっと野性味があって、今までのCitrusにはいないモデルだ。うちのデザイナーたちが張りきって、新しいデザイン描いてたよ」
冬馬の言葉に詩雨がほっと息を吐く。
「ハル使ってくれて、サンキューな。夏生 がめちゃくちゃ感謝してた。来年写真集も出すし、タチバナコレクション出演はハルの経歴にいい箔をつけられる」
「写真集?詩雨が?」
「まあね」
冬馬がややびっくりしたように、片眉を上げる。
「珍しい、詩雨が人物中心の写真集出すなんて。珍しいっていうか、初めて?」
「うん。まあ──ハルは特別」
冬馬がふうんと、軽く鼻を鳴らす。
「俺以上に特別か?」
妙に色気のある眼差し。
(あいかわらずの、天然タラシですこと)
「おまえ以上に特別なんていないよ──ハルのこと、気になる?」
「ああ──ハルは誰かに似ているような気がする」
顎に手を当て考える素振りをしているが、特に答えを求めているようでもなかった。
(それはさあ──)
詩雨が胸に描いた答えは、口には出さなかった。
「そろそろ行くかな。ハル、来てるだろ?」
「ああ、衣装合わせに来ている」
じゃあ、と手を上げて部屋を出ていこうとするが、扉の前で立ち止まって振り返る。
「明日──行くだろ?秋穂の誕生日」
じっと自分を見ている詩雨の眼を、冬馬は見つめ返し、ふっと避ける。
「いや、明日は約束があるから」
「え……」
その答えに一瞬大きく眼を見開き、言葉を詰まらせる。
「そっか……わかった。じゃあ、ひとりで行くよ」
そう小さく言って部屋を出た。
詩雨は廊下を大股で歩きながら考えていた。
秋穂の婚約が決まった高一の冬──それからふたりの関係は、次第に変化していった。いや、冬馬が意識的に変えていったのだろう。
冬馬に女の影がちらつき始め、秋穂も婚約者と会うことが多くなった。学校内外で常に行動を共にしていたふたりの間に、見えない壁ができはじめたように思えた。
それでも“秘密基地”で変わらず寄り添う時には、やはり一枚の美しい絵のようだった。離れていくお互いを必死で繋ぎ止めるような、儚くて切ない姿だった。
大学を卒業し、すぐに秋穂は結婚をした。当初はふたりで何度か新居を訪れていた。しかし、三年が経ち子どもが産まれると、次第に石蕗家から遠ざかり、会うとしたら外でのみだった。
それでも、秋穂の誕生日だけは、自宅で祝っていたのだ。昨年までは。
(そんなに……つらいか)
詩雨は我知らず唇を噛む。秋穂が結婚した後の冬馬には何人もの恋人がいた。いや、恋人とも言えない関係だ。
「なんで……!」
立ち止まって、そう呟く。ぎゅっと手を握りしめ、廊下の壁をドンと叩いた。
(なんで、オレじゃだめなんだ。オレなら、ずっと、一緒にいられる)
鼻の奥がつんと詰まるような感じがした。
「──シウさん?どうしたんです?」
ふいに耳許で聞こえた声に、はっと顔を上げる。
「とう……っ」
言いかけて、口を噤む。
彼の顔を覗き込んでいるのは、冬馬と同じくらいに背の高い、自分たちよりもいくらか若く見える男。瞳を潤ませている詩雨に、戸惑っているような表情 をしている。
すぐ傍の少し開いた扉の中から、モデルやスタッフたちの声が聞こえてくる。すうっと、頭の芯が冷えていくような気がした。
「なんでもないよ、ハル」
きゅっと唇の端を上げ、笑った。
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