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 翌々日、都内の葬儀場で行われた葬儀は、二つの大企業の血縁者のものにしては、かなり質素だった。  喪主の席に秋穂はいた。久しく見ていなかったその顔は、蒼白く、やつれている。その瞳には何も映してはいないようだった。  ──その虚ろな瞳に、もう一度、自分を映すことができるのか。  もう一度、俺たちは昔のように寄り添うことができるのか。  一瞬そんな想いが過り、はっとした。 (何を考えてるんだ、こんな時に──)  自分の考えに吐き気すらした。秋穂と顔を合わせることもできず、焼香の列から外れた。 (ふたりの関係は、このあと、どうなる……? ──これでほんとに、オレの手には入らなくなった……か……)  後ろに並んでいた冬馬が列から外れたのを背中に感じながら、そんな考えが頭に浮かぶ。  最前列にやって来て、優しそうな母親と可愛らしい娘の遺影を見る。 (亡くなった人の前でこんなこと考えるなんて、オレって、ほんと鬼畜……っ。ごめん、紗香さん、沙穂ちゃん)  焼香を終え、喪主席に向かって会釈をすると、ぼんやりとしている秋穂の顔が見えた。その瞳が自分を映さないうちに、さっと列を離れる。自分に気づくことで、冬馬の存在を感じさせたくはなかった。  詩雨は先に出た男を追ったが、建物内にも周辺にも見当たらない。諦めてそのまま正門に向かって歩いて行く。もともと一緒に来たわけでもないし、一緒に帰る約束をしたわけでもない。  しかし、ふと駐車場を見ると、見慣れたシルバーの車があった。全開の運転席の窓から、煙草を吸っている冬馬の姿が見えた。詩雨は助手席側に回り込み、ドアを開けた。何も言わないままシートに身を沈める。  冬馬が新しい煙草に火をつけたところだった。細身の外国煙草で甘い香りがする。 「オレにもちょうだい」  さして煙草は好きでもないが、冬馬が吸っていると、こうして貰うこともある。詩雨は受け取った一本を口に咥え、冬馬の煙草の先に近づけた。深く吸い上げると赤く火がつく。  ──キスをするようなこの瞬間と、抱き込まれるようなこの香りが好きだ。  自宅の寝室でも二、三口吸っては、灰皿の上に置くことがある。冬馬の匂いを感じる為だ。  幼い頃のトラウマで、未だに煙草が苦手な秋穂の前では、冬馬は絶対に吸わない。少しでも秋穂の知らない冬馬を知っていることが、くだらない優越感を掻き立てる。  煙草を吸い終えた冬馬は、静かに車を発進させる。半分まで吸った煙草を詩雨は揉み消した。 「約束があるんだ」  一緒にいるのが苦しくなり、そう言って適当な場所で降ろして貰った。実際、人と会う約束をしていたから、まったくのでたらめというわけではない。ただ、その時間までにはまだ一時間程ある、というだけのこと。

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