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8 ☆☆☆
車が見えなくなってから少し歩いて、自宅兼仕事場に向かう。
それは、閑静な住宅街の一角にある。黒い外壁に、窓枠・玄関・ポーチなどに白をアクセントとして使った、スタイリッシュな建物だ。
最初に眼についたのは、ガレージ前に置いてある黒光りした大型バイク。誰の物なのかすぐに判った。近づいてポーチの目隠しの向こう側を見ると、予想通りの男が立っていた。黒革のジャケットに、やはり黒革の細身のパンツという格好。
すらりとした長身で、手足も長い。壁に寄りかかり、スマホを弄っているだけなのに、眼を奪われる。
(さすが、モデル。何やってもさまになっている)
詩雨は両手の親指と人差し指で、ファインダーを形作る。どこで出会うか分からないシャッターチャンスのために普段からカメラを持ち歩いているが、さすがに今日はそういう訳にはいかない。
「シウさん」
男は気配を感じて顔を上げた。表情のなかった顔に、少し柔らかさが加わる。
「待たせたみたいで、悪かったな」
親指で指示をして玄関に促す。
「いえ……俺が早過ぎただけなんで」
ぼそっと言いながら、詩雨の後について家の中に入る。
「おまえ、モデルだろ。もう少しアイソよくしたらどうだ」
笑い混じりに言う。
一階二階は仕事場のため下足のままだ。玄関から直接階段を上がり、二階の事務所に入る。
「や、シウさんこそ。その綺麗な顔に似合わない言動ですよ」
その何気ない言葉に一瞬、詩雨の顔が強張る。
「同じようなこと言ってたヤツいた、学生のころ」
軽い口調のその言葉の重みを解るはずもなく、相手の男はふうんと相槌を打った。
詩雨は応接セットのソファに深く座ると、テーブルの上に載っていた紅い紐で髪を結った。
「なんかいつもと違うと思ったら、髪、結んでなかった。いつも、それ、してますね」
「ああ、でもさすがに喪服に紅は、ねぇ」
肩を竦める。
「子どもの頃から、ずっとしている。大事なものなんだ……すっごく」
その言葉は、傍にいる男に言っているようで、そうではない。見えない何かを見つめているような、遠い眼をしていた。でもそれは一瞬で、詩雨は小さく溜息をついた。
ソファに身を委ねてみれば、思った以上に自分が疲れていることに気づく。身も心も。
「ハル……悪い、ちょっと休ませて。やっぱ、オレ、疲れてるみたい」
「いいですよ。俺、この後特に何もないんで。いくらでも待ちます」
自分の隣で、大きな身体を小さくするようにして座っている男を見て、詩雨はふっと笑みを浮かべた。
(かわいいヤツ)
大きな犬を見ているようで癒される。
「ねぇ……ハル、ぎゅっ、してくれる?」
甘い誘惑に駆られる。
「ぎゅっ?」
「こうだよ」
隣の男の大きな身体に抱きつく。広い背中に手をまわして、縋りついた。
「シウさん……」
ハルの両手がおずおずと詩雨の背中にまわり、優しく抱き留めた。
「シウさん……」
「詩雨って呼んで、今だけ」
「シウさん……シウ……?シウ……」
躊躇いがちに呼ぶ。優しい声。
「ハル……」
似ている顔、違う匂い。
似ている声、違う抑揚で名を呼ぶ。
似たものと、そうでないものの間に身を漂わせる。
自虐だ。
(冬馬……っ)
身は眼の前の男に抱き寄せられながらも、心は遠くの男の名を呼んでいた。
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