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第6話 沈む夕日

目が覚めた時、どれくらい経ったのかわからなかった。しかし、洗濯機はもうすでに止まっていた。 「起こしてくれれば良かったのに」 目を擦りながらおれは言った。 「よく寝てたから、起こすのも悪いかと思って」 「まあ、この後予定もないからいいけど……じゃあ、帰ろうか」 そう言っておれは洗った物を回収して外に出る。服は綺麗になっていてそれだけでもホッとした。 「あのさ、少し遠回りして帰らない?」 コインランドリーを出ようとしたところで、冬夜がそう言った。 「え?なんで?早く帰りたいんだけど……」 女装した状況で、あまり外にいたくない。油断して眠ってしまっていて緊張感が少し切れている気がするし、これ以上危険は犯したくない。 「行きにシェアハウスですれ違ったあの人達、いつもしばらくダイニングあたりで喋ってるから、今帰るとかち合う可能性高いんだよね……もうちょっとゆっくり帰った方がいいかも……」 「あ、そうか……」 言われて思い出した。すれ違った彼らはシェアハウスの中でも仲のいいグループで、よくリビングやキッチンで長い時間お喋りをしているのを見かける。 すれ違った時、冬夜はおれを送っていくと言っていた。それなのに一緒に帰ったら変に思われる。それに今度こそ男だとばれるかもしれない。 そんなわけで、おれたちは少し遠回りしつつ歩くことにした。 「どこに行く?またコンビニに寄るのは嫌だぞ」 歩きながら聞く。それを聞いて冬夜は苦笑する。 「流石にもう行かないよ。まあ困ってる伊織ちゃんも可愛いからもっと見たい気もするけど……そうだ、あっちの川にある堤防沿いの道を歩かない?」 「ああ、あっちか……」 少し遠回りだが確かに川沿いにそんな道がある。小さな公園やグラントがあって、人がいたとしてもランニングしている人が、たまにいるくらいだ。 「人も少ないし、景色もいいからピッタリだと思うよ」 冬夜はそう言って、手を繋いで歩き出した。おれも反対する理由もなかったのでそのまま付いて行く。 手を繋いで歩くのが、慣れてしまっているのが恐ろしい。 堤防は予想通り人通りが少なく、いたとしても遠いし風も吹いていて喋っていても声も届かない。 とはいえ、遠回りしたもののまだ時間が早かった。もう少し時間を稼ぐために、堤防に座って時間を潰すことにした。 時間帯は夕方。太陽がゆっくりと沈んでいってとても綺麗だった。 「子供の頃はよく、こういう場所でよく遊んだな……」 懐かしそうに冬夜が言った。 「へえ……活発だったんだな。何して遊んだんだ?」 「野球とかサッカーとかあんまり覚えてないけど。友達と走り回ってた気がする」 「運動が好きだったんだ?」 「うん、そうだね。今も定期的にジムにも行ってるしね。伊織ちゃんはどうだった?」 「おれは真逆だったな。家で大人しく本を読んだり、ゲームしてた」 「大人しい子供だったんだね」 「もし、同じ学校だったとしても友達にはならなかっただろうな」 あんまりにも真逆で笑ってしまう。 「えー、俺は友達になりたいよ。一緒に遊びたかったな」 「なんか振り回されて大変そう……」 きっと、冬夜は昔から人気者だっただろうから、気後れして疲れそうだ。今だってかなり振り回されている。 「ひどいな……」 冬夜はそう言ってまた苦笑した。 「そういえば伊織ちゃんなんでハート送ってくれないの?」 「え?なに?……ああ、ゲームの話か……」 一瞬なんのことか分からなかったが、冬夜が言っているのはスマホのゲームのことだ。 この間、同じゲームをしていたことが分かりフレンドになった。そのゲームはゲームをプレイするのにハートが必要なのだが、フレンド同士だと送り合えるのだ。友達が多ければ多いほどお得に何度でもゲームを出来るというわけだ。 おれは呆れた顔で言った。 「送ってるだろ?っていうかおまえが送り返し過ぎなんだよ、こんなにいらないのに……」 おれは惰性で続けているだけなのでそんなに必要ない。一日に三回くらいゲームをすればいい方で、仕事が忙しいと一度もしない日もある。 ハートは時間が経てば復活するし、そんなに必要ないのだ。一日にそんなにゲームをしないと言うことはフレンドにハートを送る回数も少なくなるのだ。 仕方がないので、スマホを取り出してゲームを開いて冬夜にハートを送ってやる。 「あ、送ってくれた?」 冬夜は何がそんない嬉しいのかニコニコしながら言う。 そこから、しばらくゲームの話になった。 「あれ?そんなキャラいたっけ?」 「え?何だっけ……ああ、たしかイベント限定で手に入れたキャラだったと思う」 「あ、そうなんだ。じゃあ、今からじゃ手にはいらないのか」 「コンプ狙ってるのか?後から始めたら難しいかもな」 「まあ、無理なのは分かってるんだけど出来るだけ埋めたいんだよな」 冬夜は唇を尖らせて悔しそうに言う。 「しょうがないだろ。ほら、このアイテム俺はあんまり使わないからやるよ」 「いいの?やった」 しょんぼりしてしまったので割とレアなアイテムを送る。特にやりこんでないし、無駄に長くプレイしていたので使ってないアイテムが沢山ある。また冬夜はやたら嬉しそうにニコニコしていた。 「そろそろ帰ろうぜ」 そんな会話をしていたら日はすっかりくれて辺りは暗くなっていた。この時間帯ならもう戻っても大丈夫だろう。つい色々話してしまったが、冬夜とこんな話をするなんてなんだか変な感じだった。 「あ、もうそんなに時間経ったのか。行こうか」 立ち上がり家に向かう。当然のように冬夜はまた手を繋いでくる。 家に近づくと人通りが少し多くなってきた。あらためて女装をしている事の緊張感が戻ってくる。 さっきの冬夜との会話があまりにも普通だったから気が抜けていたみたいだ。緊張したが、なんとか自分の部屋にはすんなり帰ることができた。 「寂しいけど、またね」 冬夜はそう言って部屋の前でおれにそう言って自分の部屋に帰っていった。これも毎度のことなので慣れてきてしまった。 「ふう、やっとホッと出来る……」 おれはため息を吐いて服を着替える。 メイド服から普通に女装したので、今日はかなり長い時間女装してしまったので疲れた。 「お腹空いたな……」 やっといつもの服に戻ってホッと一息つくと、かなりお腹が空いていることに気が付いた。 冬夜はお昼頃に来たので食事を取り損ねたのだ。 朝からなにも食べていない。しかし、何も買い置きがない。カップラーメンくらいしかないが流石に味気なさすぎる。かと言ってこれから買いに行くのは面倒くさい。 「でも買いに行くしかないよな……」 座りこんだ状態で呟く。お腹が空いているから早く食べたいがお腹が空いていて立ち上がるのも億劫だ。 その時、ドアがノックされた。 開けるとさっき別れたばかりの冬夜がいた。 「食事まだだろ?今日付き合わせちゃったから買ってきた」 そう言って冬夜は何か入ったビニール袋を渡して来た。 「なに?」 「お弁当。伊織ちゃんそれ好きだろ?」 袋を開けて見て見るとお弁当屋さんに売っているお弁当が入っていた。少し暖かい。 「何で知ってるんだ?」 確かにそのお弁当は、おれがよく行く惣菜も置いてあるお弁当屋で買うものだ。 「内緒」 冬夜はそう言うと、そのまま帰っていった。 「なんなんだ……」 また、何かしに来たのか思ったが違うのか、それにしては意味が分からない。 受け取ってしまったものは仕方がない、捨てるのも勿体ないしお腹も空いていたのでテーブルを出して食べる事にした。 「おいしい……」 お弁当はいつも通り美味しかった。お腹が空いていたからよけいだ。 食べ終わって一息つく。 「本当に何がしたいんだ?あいつ…………まあ、今回は助かったけど……」 しかもこのお弁当は美味しいから人気で、最近は買いに行っても無い事が多い。買えない事も多かったので少し嬉しかった。 「って何言ってるんだ。そもそも冬夜が来なかったら普通の休日だったのに、あいつの所為で食べる時間が無かったんだぞ……」 ちょっと感謝しそうになって、慌てて思い直す。 「それより、冬夜に脅しをやめさせないと……」 今日もそのために、おれに興味が無くなるように反応しないようにしてみた。 「あの作戦は完全に失敗だったな」 いい作戦だと思ったが上手くいかなかった。頑張ったが想像以上のことを欲求されて動揺して、最後には作戦なんて忘れて身悶えてしまった。 「今日は特にひどかった気がする……」 思い出してしまって顔が赤くなる。 まさかあんなことまでするとは思わなかった。そして、どんどん後戻り出来ない状況になっている気がする。 コインランドリーに行く時、住人と鉢合わせしたのも、かなりやばかった。バレなかったのが奇跡だ。早くどうにかしないと、冬夜が言わなくても他の人にバレる可能性もある。 「なんとか次の作戦を練ってこんな事やめさせないと」 おれはそう呟いて、夜遅くまで作戦を考えていた。

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