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第8話 作戦失敗

冬夜と二人でジムに行くことになり、次の休日に行くことになった。 急遽運動するための服を買ったり準備して、二人でシェアハウスから連れだって向かう。 「そういえば伊織ちゃん、いままでスポーツってどんなことした事ある?」 「スポーツはほとんどしてこなかったな……学生の時に授業でして以来……」 ジムに向かう道すがら、冬夜に聞かれもごもご答える。 実は運動は大の苦手で、スポーツという名の付くものは今までほとんどしたことがなかった。 こんな経歴でいきなり運動したいなんて言ったのだ、何か疑われないか思わず心配になる。 「じゃあ、いきなり激しい運動より楽しく動けるものがいいかもね。伊織ちゃんは何ならできそう?」 「っていうか、人前で伊織ちゃんって呼ぶなよ。変に思われるだろ」 今の服装は完全に男だ。男同士でちゃんを付けて呼ぶのはおかしい。 「えー?じゃあ、なんて呼べばいい?伊織?」 冬夜はそう言って、いきなり引き寄せて耳元で囁いた。冬夜の声は背が高いせいもあるのか重低音でいい声だ。いつもおれの部屋に来るとき、耳元で囁くように喋られるので、思わず部屋でのことを思い出して顔が赤くなる。 しかもいきなり呼び捨てにされて何故か鼓動が跳ねた。 「み、苗字でいいだろ」 「でも、ジムの人には友達って言ってあるから苗字で呼び合うのは変だよ。伊織も俺のこと冬夜って呼んでるんだからいいじゃん」 「う……それはそうだけど」 そうして、結局言いまかされる形でそのままジムに向かうことになった。 ジムに着くと受付で手続きをする。冬夜が事前に予約しておいてくれたので手続きはスムーズだった。 まあ、一日体験するだけだからそこまで煩雑な手続きなんてないだろうが。 「藤堂様は一人、スタッフをつけさせますが、山野辺様はいつものコースでよろしいですか?」 「えーっと俺は……」 「あ!っ……出来れば一緒にしたい……その、ちょっと不安で……」 おれは慌てて言った。冬夜の事を探るために来たのだ、一人になったら意味がない。 そう言うと冬夜は少し驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうな表情になって言った。 「いいよ。一緒にしよう。俺も色々教えて上げられるし」 「分かりました。それではこちらへどうぞ」 そんな感じでおれ達は二人で行動する事になった。 受付のおねえさんはそう言って案内してくれた。何故か微笑ましいものでも見るように笑っていて、おれは思わず顔が赤くなる。 よく考えたらいくら友達同士だからって、不安だから一緒にいたいなんて流石におかしい。しかも男同士で。 気が付いて恥ずかしくなってきた。 赤くなった顔を俯けながら、今度は着替える。運動なんてほとんどしないから、ウエアは今回のために買った。 「それじゃあ、今日は何をしていきましょうか。ご希望のコースややってみたいことはありますか?」 「えっと……コースとかよくわからないんですけど、とりあえず体力を付けたいです。そういうコースってありますか?」 「俺のおすすめはヨガだな」 横で聞いていた冬夜がそう言った。 「え?ヨガとか運動になるのか?それになんか女の子がするようなやつだろ?おれは女じゃないぞ」 女装しているからって女の子がしているような事がしたい訳じゃない。女装していることを揶揄しているのかと腹が立つ。 「いやいやそんなことないよ。ヨガは割と体力使うしゆっくり出来るから日頃運動してない人に最適なんだよ。俺もたまにするし」 「そ、そうなのか?」 「ええ。そうですね、男の方もよくやられますよ。それに急な運動よりヨガの方が体に負担がないのでおススメです。ちょうど、ヨガコースが始まりますので試してみては?」 スタッフの人もそう言ったので、おれたちはヨガを試してみることになった。 ヨガコースが行われている部屋に入ると指導してくれるスタッフとおれたちと同じように教わる受講者が数人いた。 冬夜が部屋に入ってくると何人かが嬉しそうに冬夜に話しかけてきた。 「山野辺さん、久しぶり。最近どうしてる?」 「あ、冬夜君。元気してた?また一緒に遊びに行こう」 「あれ?今日は一人じゃないんだ?」 このジムに入った時もそうだったが冬夜はここでも人気のようだ、男女関係なく話しかけられている。 まあ、それでも女性に声をかけられる率の方が高い。今も話しかけて来たのは女性ばかりだ。 冬夜はそれにニコニコしながら応えていく。 「そうなんです。今日は友達と来てるんですよ。同じシェアハウスに住んでてすっごく仲がいいんです」 冬夜はそんな感じで和やかに話していく。人見知りしがちなおれは、話を後ろで聞いていることしかできない。 冬夜の弱味を握ろうと一緒に来たが、今のところその片鱗も見えない。 そうこうしていると、ヨガのお試し体験がはじまった。 「つ……疲れた……」 ヨガが一通り終わって、俺はグッタリしながら言った。 ヨガは思った以上に大変だった。見た目はゆっくりとしか動いてないが同じ態勢でじっとしているのは以外に体力を使う。冬夜が運動になると言った意味がわかった。 しかし、冬夜は軽い感じでこなしているのにおれはすぐに疲れてしまう。自分の体力の無さに情けなくなる。 「少し休憩しようか。はい、水分取って」 そう言って冬夜は座りこんでいるおれに水のペットボトルと手渡す。 「ありがと……」 おれはそう言って受け取り飲む。女の子がするようなものだと馬鹿にしていたが大間違いだった。 簡単に出来ると思っていたのが恥ずかしくなってきた。 「やってみると結構大変でしょ?ゆっくり動くから意外に体力つかうんだよね」 「うん、正直舐めてた」 「慣れてきたらもっと楽になるし。そうしたら体力も結構つくと思うよ」 「そこまで出来るか不安だけど……そう言えば冬夜はいつもはどんなことしてるんだ?」 「そうだな……大抵はランニングマシンとか器具を使った運動が多いかな。プールもあるからそっちで泳いだりもするよ」 そう言って冬夜は器具の置いてある一角を指さして言った。そこにはいわゆるスポーツジムというとイメージするようなマシンが置いてあった。 「色々あるんだな」 「少し試してみる?自分のペースで出来るから、無理そうならすぐにやめればいいし」 「そうだな。試してみる」 おれは少し休憩してから、冬夜がいつもしているというコースを試してみる。 しかし、予想通りというかなんというか冬夜は簡単そうにこなしていくが、おれはというとすぐにバテてしまって動きが止まる。 「最初はそんなもんだよ。すぐにできるよ、後は持続できれば大丈夫だから……」 冬夜はフォローするように言った。 「体力がないのはわかってたからいいんだけど……ここまで自分が出来ないとはおもわなかった……」 がっくりしながら言った。 しかも冬夜の事を探ろうと思っていたのにそれどころじゃない、自分の事で精一杯だ。 かと言って適当にしたら疑われる、警戒されたら終わりだ。 「えっと……今日はもう止めておく?あんまり無理すると明日が辛いよ?」 「そうだな……いや、ちょっと休憩したらもう少し頑張ってみる。その……冬夜に付き合ってもらったのにこんなに早く終わるのは悪いしさ……」 ここまで、まだ何も得るものがなかった。これで帰ったら来た意味がない。しかし、変にしつこいのも変だからとまた変な言い訳を言ってしまう。 しかし、冬夜は特に疑う様子もなく、少し呆れた顔をしつつおれの隣に座った。 「分かった。でも、俺の事は気にしないでいいし、また付き合うから」 冬夜はそう言っておれの頭を撫でた。 「……」 なんていうかその優しい手つきに、なんだか少し気恥ずかしい気持ちになる。というか、いつもおれの部屋で変な事する時はあんなに意地悪なのに、今日はやけに優しくて変な気分になる。 「あの時も、もっと優しくしてくれれば……」 と独り言を呟いたが、優しくされたらどうするのだと自分の考えを打ち消す。 「何か言った?」 「な、何にもない!」 慌てて否定する。 運動をして疲れて、脳に酸素が足りていないのだろう。なんとか大きく息を吸って息を整える。 しばらくするとなんとか体力は戻ってきた。 「次はどうしようか……」 「そうだな……決めようにも、何があるか分かってないからな……他に何かおすすめとかある?」 正直、運動と名の付くもので合うものなんかありそうもないが、一応聞いてみた。 冬夜は少し考えると口を開いた。 「じゃあ、ゲームをしてみない?」 「ゲーム?」 「そう、スカッシュって知ってる?」 「スカッシュ?」 おれは聞いたことが無くて聞き返す。冬夜は説明し始めた。 「簡単に言うとソフトボールでするテニスみたいなものかな」 「それは、ソフトボールテニスじゃないのか?」 「テニスと違うのはスカッシュはテニスよりコートが半分くらいで、壁に向かって打つんだ」 「え?壁……?」 「聞いても分からないよな。多分実際にやってみた方が早いと思う」 そうしておれ達は、冬夜の言うスカッシュが出来るコートに向かった。 そこは狭いテニスをするには狭く、床や壁に線が書かれていた。そして、テニスで使うラケットのような物と柔らかいボールを手渡された。 「これをこうやって壁に向かって打つんだ。そしてその跳ね返ったボールを相手も打ち返す」 冬夜はそう言って壁越しにおれにボールを打つ。俺達は横に並んでいて、跳ね返ったボールをおれはまた同じように打ち返せば良いようだ。 「一応、簡単だけどルールもあるよ。だけどそこまで本格的にしたら混乱しそうだから、取り敢えずお互い打ち返し続けるってルールにしよう」 「それでいいのか?」 「うん、俺達しかいないし、ゲームなんだから楽しい方がいいだろ?」 冬夜は気軽な感じに言った。 「わかった……」 それなら出来そうだと思っておれは頷いた。冬夜の言う通り遊びに近いなら大丈夫そうだ。 そんなわけで、おれはラケットを手に取って試してみることにした。 冬夜の説明を聞いた時はそんなに難しそうには感じなかった。事実冬夜は簡単そうににボールをラケットで打っている。 しかし、おれは自分の運動能力を過信していた。 「よし!当たった!……あれ?変なとこ飛んだ……もう一回……あ!また空振り……」 取り敢えず始めてみたものの、まずラケットにボールをラケットに当てられない。当てられても思った方向に飛ばないのだ。 「ドンマイ、大丈夫、大丈夫。もっとボールを見てから打つといいよ」 まったく出来ていないが冬夜は、根気強くアドバイスして励ましてくれる。おれは何となく悔しくてまたボールを手に取る。 「わ、わかった。もう一回……今度は当たった!」 「いいよ!伊織上手い」 とんでもなく下手くそだが、少しずつは上達していった。 「はぁ……はぁ……あ!また変な方に飛んじゃった……はぁ……はぁ……」 「ちょっと休憩する?」 「も……もうちょっとする。せめて十回くらいは連続で打ち返したい」 休憩してしまうとまた振り出しに戻ってしまいそうだと思った。それに、ここで諦めてしまうのは悔しい。 おれは滴ってくる汗を拭いて。またボールを手に取った。 「分かった……頑張って……」 そうしてしばらくて、下手くそではあるがなんとか目標の十回が目前に近づいてきた。 「も……もうちょっと……」 「いい調子だよ。上手い上手い!」 「はぁ……はぁ……ラスト!……っやった!出来た」 ヘロヘロになりながらもなんとか十回打ち返せた。 思わずガッツポーズをして笑顔で冬夜の方を向く。何故か冬夜は少し驚いた顔をして目を逸らす。 どうしたんだろうと思ったが、息も切れていて疲れていたおれはそれどころじゃなかった。 「おめでとう。やったな」 冬夜はすぐに元の表情に戻ってそう言った。 「うん……はぁ、はぁ……下手なのは変わらないけどなんとかなったな」 「楽しかった?」 「え?……そうだな……思ったより楽しかった……」 そう言われて、いつの間にか夢中になってしまっていた事に気が付いた。自分でもこんなに楽しめるとは思わなかった。 そして、その後、流石に疲れ切ってしまったので終わりにすることになった。 ジムのシャワー室に向かう。 「っていうか、結局弱みもなにもわからなかったな……」 「うん?何か言った?」 「い、いや。何も言ってない。シャワーってここ使っていいのか?」 おれは慌てて誤魔化すように言った。 このジムにはシャワーも浴びられるようだ。更衣室の奥にはビニールカーテンで仕切られたシャワー室がいくつも並んでいた。 「そう、使い方わかる?」 「大丈夫だよ。ちょっと汗流してくる」 思わず漏れた独り言を危うく聞かれるところだった。おれは慌てて汗で濡れた服を脱いでシャワーを浴びにむかった。 「危なかった……」 聞かれていなかったことをホッとしながらシャワー室に入る。今日はもう仕方がない。足がもうすでにがくがくしてきている、こんな状態で何か聞きだせるとは思えない。 「えっと……ここを押すのかな?」 「そう、ここ押して。温度の調整はここね」 突然冬夜がやってきてそう言った。 「うわ!なんで入ってくるんだよ」

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