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第19話 デート 番外編

「なあ、冬夜……」 「うん?なに?」 「うぐ……ちょっ、苦し。話しかけるたびに、いちいちそんなに抱きしめるなよ」 今日は休日。いつも通りおれの部屋で冬夜と二人っきりで過ごしていた。 何気なく話しかけただけなのに、冬夜は嬉しそうにおれに抱きついてくる。 「だって、せっかく一緒に居られるから。出来るだけくっつきたいじゃん」 「さっき散々くっついてただろ……もう」 くっつくどころかさっきまで裸で抱き合っていた。今はベッドで休憩しているところだ。 「そういえば、何か聞こうとしてた?」 「ああ、えっと……来週冬夜の誕生日だろ?何か欲しいものあるか?」 「え?俺の誕生日、知っててくれたのか?!」 「それくらい知ってるよ。っていうか苦しい……もうちょっと力を弱めろ」 回された腕にさらに力が込められ。抱きこまれる。 冬夜の誕生日は、冬夜の弱みを握ろうと色々調べた時に知った。 「だって嬉しくって」 「まったく……それで?なに欲しい?考えたんだけど、何も思い付かなくて。聞いた方が早いと思ってさ。何かして欲しい事でもいいぞ。俺に出来る範囲のことしか無理だけど」 「え?うーん。こうしてるだけでも十分なんだけど……」 そう言って抱きしめていたおれの頬にキスを落す。 「それがいいなら、それでもいいけど……もうちょっと何かないのか?」 「うーん、あ……」 冬夜が何か思い付いたような表情になった。 「何か思い付いた?」 「え?い、いや。よく考えたら伊織に悪いし、止めとく……」 冬夜は気まずそうな顔をして、目を逸らした。しかし、そう言われると余計気になる。 「なんだよ、取り敢えず言ってみろよ」 「い、いや。でも……」 「大丈夫だから、言ってみろよ」 そう言って念押しすると、迷いつつも冬夜は口を開いた。 ********** それから数日後、冬夜の誕生日当日。 「まさかこんなことになるとは……」 おれは女装した姿でそう呟いた。 「無理言ってごめんな?」 隣で気遣うように立っていた冬夜が、そう言った。 「まあ、おれがやるって言ったんだからいいんだけど……」 誕生日に冬夜がやりたいこととは、一緒に遊園地に行きたいというものだ。しかもおれが女装した状態で。 最初は驚いたが、冬夜の誕生日だからと行くことにした。 「女装、久しぶりだ……」 おれは自分を見下ろしながら呟いた。実は女装するのは本当に久しぶりだった。冬夜と一緒にコインランドリーに行った時以来じゃないだろうか。 あれから、冬夜から女装を要求されることはなくなり、おれも仕事のストレスが少なくなったおかげか女装したいとあまり思わなくなって、なんとなくしなくなった。 「相変わらず似合ってるし、可愛い」 冬夜はいつも通りの笑顔で言う。 「またそうやって……まあ、いいや。でも、この格好で外出るのは緊張する……」 おれは久しぶりに着た女性物の服を持ち上げて言った。久しぶりなのもあるがやっぱりこの格好で外に出るのは緊張する。 服はこの日のために買ったものだ。体の線を誤魔化すためにプリーツの沢山あるひらひらしたロングスカートと、レースが沢山付いたブラウス。肩の線と喉ぼとけを隠すためにその上からふわふわのファーを肩にかけている。 ウイッグも付けてつばの広い帽子もかぶったそう簡単にバレないと思う。 バランスや色もかなり気を使って選びに選んだ。 部屋で鏡を見た時は大丈夫かなと思ったものの、外に出るとやっぱり不安になって来た。 「やっぱり、やめておく?」 冬夜がそんなおれの気持ちに気が付いたのかそうに聞いた。 「い、いや。大丈夫。一日くらいならきっと大丈夫だよ。それに遊園地は色んな人がいるし、そこまで目立たないだろ」 おれは慌ててそう言った。今日は冬夜の誕生日だ。こんな所で不安にさせたら意味がない。 それに、出来れば楽しんで欲しい。冬夜をチラリと見る。 冬夜もいつもよりかちっとした服装でいつも通りカッコイイ。少しおれを気遣うような表情だが、楽しそうな雰囲気だ。 改めて考えると、今日は冬夜とデートだ。思い返すとこれが初のデートだと思い至った。 「じゃあ、行こうか」 冬夜がそう言った。 「そうだな」 デートだと思うと、少し楽しみになってくる。 おれはそう言って冬夜の横に立つ。そして、せっかくだからと冬夜の手を掴む。 「うわ!?」 「え?なに?どうしたんだ?」 おれが冬夜の手を掴み繋いだ途端、何故か冬夜が驚いた声を出した。おれは驚いて冬夜の方を見る。 冬夜は顔を真っ赤にさせて顔を抑えていた。 「ご、ごめん。急に手を繋ぐからびっくりして……」 「え?手を繋いだことはあっただろ」 外に出た時はいつも繋いでいた。それに、それ以上の事を部屋でしているのになんでいまさら。 「だ、だって。伊織から繋いでくれたことなかったから」 冬夜は相変わらず真っ赤な顔で言った。 「そ、それだけ?」 そんな事でここまで真っ赤になるとは思わなくて驚く。 「うん。すげー嬉しい」 冬夜は嬉しそうに繋いだ手を持ち上げて言う。あんまりにも嬉しそうな表情に思わず苦笑してしまう。 まさかこんなことで喜ぶとは思わなかった。 「じゃあ、行こうか」 「うん」 呆れつつもそう言っておれ達は遊園地に向かった。 ********** 「着いた……」 電車を乗り継ぎ、おれ達は目的の遊園地に着いた。 「大丈夫?もうなんか疲れてないか?」 「い、いや。大丈夫!全然大丈夫だから」 おれは慌てて背筋を伸ばして笑顔を作る。本当を言うとちょっと疲れていた。 初めて女装して電車に乗るという経験をして思った以上に緊張したのだ。沢山人はいるし、改めて自分の格好が変じゃないか気になってきた。 細心の注意を払って服は選んだが、やはり何かがおかしいんじゃないかと心配になってきたのだ。 そのせいで変に気疲れしてしまった。 しかし、そんな事で冬夜に心配はかけたくない。なにより冬夜の誕生日を祝うために来たのだ、冬夜に楽しんでもらわないと。 冬夜は少し心配そうな顔をしていたが、おれは手を繋いだまま遊園地に入っていく。冬夜はまだ心配そうな顔をしていたが一緒に入った。 遊園地に入ると、その明るくて楽しそうな雰囲気に少し気分が持ち直してくる。それに周りの人達は乗り物や自分たちの写真を撮るので夢中でこちらを見ている人はいなさそうだ。 「そういえば、伊織はここの遊園地には来たことあるのか?」 「一応……でも、かなり昔だ。たしか当時付き合ってた彼女と行ったな……」 社会人になってこんな大きな遊園地には行かなくなったので、本当に久しぶりだ。元々、そこまで活動的じゃないし、最後に来た時も彼女に行きたいと言われてやっと行ったくらいだ。 「そうなのか」 「冬夜は?よく来るのか?」 「まあ、女の子と付き合ってる時は一度は来てたし、友達と連れだって来ることもあるよ」 「そういえばシェアハウスのみんなとも来てたよな」 たしか、シェアハウスの住人が仲良くなる目的で企画されたイベントだ。冬夜が主催していた。おれも誘われたが仕事で疲れていたことと、あまりにキラキラした集まりに気が引けて行かなかったのだ。 すると、冬夜が思い出したように苦笑した。 「実はあれ、伊織と遊園地に行きたくて企画したんだ。でも、肝心の本人は参加しなくて、がっかりしたんだよな」 「え?そうだったのか?」 初めて聞いた話に驚く。 確かに誘われたが住人ほとんどに声がかかっていたので、自分が目的だったとは気が付かなかった。 「接点が無さすぎたから、どうにか喋る機会を作りたかったんだよ……他にも何度か企画したのに全然ダメで、あんなきっかけで喋れるようになるとは思わなかった……」 冬夜は苦笑いしながら言う。あんなきっかけとはおれの女装を見つけた時の事だろう。 「おれも出来ればそれ以外がよかったよ」 思い出すと、おれも苦笑するしかない。 「まあ、でも今日来れたから満足だよ。今日は楽しもう」 「そうだな」 そう言っておれ達は早速、遊園地を楽しむべく何をしようか相談しながら歩き出した。 ********* 数時間後—— 「冬夜……ごめん」 おれは人通りの少ないベンチに座ってぐったりしながらそう言った。 女装しながらとはいえ、せっかくだから楽しみたいと思っていたのだが、いくつかアトラクションの乗り物に乗って、少し歩いただけで疲れてぐったりしてしまったのだ。 「伊織、大丈夫か?」 冬夜が心配そうに覗き込みながら言った。 「だ、大丈夫。少し休めば……」 そう言いながら自分が情けなくなる。もともと体力が無かったがこんなに早くへばるなんて自分でも思わなかった。 しかし、思い返してみれば昔彼女と来た時もかなり早く疲れてしまって、呆れた顔をされたの思い出す。それが原因かは分からないがその後、彼女が二股されていたことがわかり結果別れてしまった。 その事を思い出してさらに落ち込む。 その事がトラウマになってしまったのかその後誰とも付き合ってなかった。 「無理しなくていいよ。そうだ、時間的にももうすぐお昼だし何か買ってくるよ」 「ごめん……」 そう言って冬夜は食事を買いに行った。 「はぁ……体力がないのは分かってたけど。こんなに早く動けなくなるなんて……靴の選択も間違ったな……」 そう言って足をさする。靴も今回のために買った。今までは長いスカートだからと外に出る時は適当なスニーカーを履いていた。 歩き回ったのが近所だし短時間だったこともあって違和感もなかったが、遊園地でちゃんとお洒落するということで、改めて買ったのだ。 「っ痛……血は出てないみたいだけど。これ以上歩くのはきついな」 女性物の靴は買った事がなく。迷った末に少しヒールの高い靴を買った。色も服に合わせて買ったのだが。歩いていくとつま先が痛くなってきて、かかとも靴擦れしてしまった。 慣れていないのもあるだろうが、女性物の靴がこんなに痛いとは思わなかった。女の子はいつもこんなものを履いているのだろうか。関心してしまう。 「もうちょっとヒールの低いの買えはよかったのかな……」 男だからサイズも平均より大きくて選択肢もそんなに無かったのだ。 今さらだが、こんなところに落とし穴があるとは思わなかった。冬夜が食べ物を買いに行った方向に目を向ける。 なにより、冬夜に楽しんでもらいたかったのに、これじゃあ台無しになってしまった。 申し訳なさに、またため息をはいているとしばらくして冬夜が戻ってきた。 「おまたせ。ちょっと買い過ぎちゃったかも」 「お帰り。うわ、本当に多いな。そんなに食べれるかな……」 帰ってきた冬夜は両手いっぱいになにやら食べ物を持っていた。 「まあ、全部は食べなくていいし。ゆっくり食べればいいよ」 冬夜は気遣うように言った。きっと、これを食べる間にゆっくり休んでいいと言いう事なのだろう。 「ありがとう……」 優しい気遣いに落ち込んで気持ちが少し軽くなる。 買ってきたものをベンチに広げて食べ始める。 「んん、これ美味しい」 「どれ?おれもちょっと頂戴」 冬夜が買ってきてくれた食べ物はどれも美味しかった。色々つまみながら食べ始めた。 「そういえば、お金いくら?払うよ」 「え?いいよ。おごり」 「でも、入場料も奢ってもらったし……」 そうなのだ。今日は冬夜の誕生日だしと思って、全て奢るつもりだったのだが、冬夜は事前にチケットを買っていて、お金を払う隙もなかった。 冬夜は以前から意地悪なところもあったが優しい奴だった。しかし、告白されてからその優しさがさらに上がったし、なんならやたら甘い。 「いいって。無理してお願い聞いてもらったんだから、払うのは当然だよ。それより、これも美味しいよ」 「ん、んん。ほんとだ。美味しい。って誤魔化すなよ……もう」 そう言って怒って見せたが、冬夜はニコニコ笑うだけであまり聞いていなさそうだ。 「それより、足は大丈夫だったか?」 「あ……気付いてたのか……」 靴のせいで足が痛いことは、なんとか隠せていたと思ったが思いっきりバレていたようだ。 「女の子とデートしてたら、たまにあったし。伊織はこういう靴慣れてなさそうだからもしかしてと思ってさ」 「なるほど……」 流石モテる男は違う。こういう事が分かっていればもっと冬夜を楽しませられたのにと思うとまた自分が情けなくなる。 「でも、嬉しい……」 落ち込んでいると、冬夜が相好を崩して言った。 「え?なんで?」 「だって、俺のために色々考えて選んでくれたんだろ?そう思ったらすげー嬉しくてさ。ほんと今日も伊織は最高に可愛い」 「ま、またそうやって……」 改めて言われて顔が赤くなる。それでも、今日の女装は頑張ったのでそう言われるとまんざらでもない気持ちになる。 最近、女装をしていなかったがなんだかんだ言っても服を選ぶのは楽しかった。お世辞もあるだろうし、一応冬夜はおれの事が好きらしいのでその分贔屓目を見ているのだろうけど嬉しい。 しばらくすると、気分も少し持ち直してきた。 おれ達は何気ない会話をしながら、のんびり食事をする。 その場所は人通りが少なくて寂しい場所だが、天気が良くて気持ちがいい。女装しているおれとしては都合がいい。 そうして、いつの間にか夕方になっていた。 そのくらいになると、流石に疲れや足の痛みもましになってくる。しかも冬夜が園内にあるお店で簡単に履けるサンダルのようなものを買って来てくれた。 なにもかも世話になっていて申し訳ない。 「あ、パレードが始まったみたいだな」 「もうそんな時間か。結局あんまり回れなかったな」 のんびり歩きながらそう言う。結局お喋りして時間を使ってしまった。これだったら家と変わりがない。 「でも俺は楽しかったよ。伊織はどうだった?」 「まあ、おれも楽しかったけど……」 部屋にいるとなんだかんだいつの間にか押し倒されていて、おれも気持ちがいいからと流されてしまっていた。 だからこんな風に普通に色々話せたのは楽しかった。 「よかった……あ!場所空いてるよ、あそこ座ろう」 パレードを見ようとしていたのだがもうすでに人が沢山いて、見えないかと思ったが、なんとか隙間を見つけられた。 二人で並んでパレードを見る。 パレードは華やかでとても綺麗だった。 冬夜の隣に寄り添うように立ち手を握る。 すると、冬夜も握り返してくれた。ふと顔を見るとまた少し顔を赤くしている冬夜と目が合った。 「本当に楽しかったよ」 「良かった……でも、今日は本当にごめんね」 「うん?何が?」 冬夜が突然すまなそうに謝った。おれが謝る事は沢山あると思うが冬夜が謝るようなことはなかったような気がする。 「今日、女装してって言ったことだよ」 「その事?」 「だって、女装して人前に出るの嫌がってただろ?本当なら普通の恰好でもいいんだけど、そうしたら、友達としてしか来れない。こんな風に手を繋いだり出来ないから」 「冬夜……」 「ゲイだって事隠してるから無理だと思ってた。でも、一度でいいから、本当に好きな人と恋人としてこんな風にデートしたかったんだ」 冬夜はそう言って繋いでいた手を持ち上げてキスをする。 「そうだったんだ……」 「だからこんなお願いをするのはこれが最後。……でも普通の恰好でもまた来たいな」 確かに普通の恰好だったらこんな風に手を繋いだり、寄り添ったりも出来ない。ゲイなのを隠していた冬夜には絶対に出来ないことだろう。 「別に……たまにならいいよ」 「え?」 「だから一年に一回くらいならいいよ。今日ので色々改善点も分かったし……」 「伊織……」 「お前のせいで、ちょっと慣れてきちゃったし……」 そう言うと繋いでいた手が離され、そのまま抱き寄せられた。 「伊織……大好きだよ」 「ちょ……こんなとこで……」 周りには人が沢山いる。流石にヤバいのではと思ったが、よく見ると周りはカップルばかりでみんなパレードに夢中だ。しかも暗くなってきて花火も上がって声もかき消された。 顔を上げると、冬夜と目が合った。 まあ、いっかと思っておれはそのまま目をつむった。 おわり

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