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第106話

そうしてまた何度も何度も子との別れを経験し、それでも一は俺との間に子供を作り続けた。 夕も俺の体を心配して、食事や生活などの面で色々と勉強したりして俺を陰ながら助けてくれていた。 しかし、一番キツかったのは寒だろう。俺と一は夢の話を知っているので、産まれてこないと聞けばそれで次に進める。特に一はあれから変なスイッチが入ったらしく、絶対に産ませてやるからな!と、子がいないと分かった瞬間に俺に薬を使ってヒートにすると、それまでは子がいるからと我慢している奥深くに何度も注ぎ込む。それを俺が腹に命の暖かさを感じるまで続けた。俺達は夢のことを知っているということもあるだろうが、なんとなく二人ともいつかは子が絶対に産まれてくるという訳の分からない自信があり、一に秘密のなくなった俺もそれまでのような発作をあまり起こさなくなっていた。 だが、毎回毎回俺達にすみませんが今回もと、まるで自分の治療が悪かったからとでも言うように謝り続ける寒に、俺は申し訳なさでいっぱいだった。一もそれは感じているようで、大丈夫だから気にするなと声をかけるが、それすらも責任感の強い寒は顔を俯いたままで頷くのが精一杯。ある日、俺はあまりにも青ざめている寒を見て、一が部屋に来るとその事を相談した。 「俺さ、夢の話を笑われるかも知れないけれど寒と夕に言おうと思うんだ。ダメかな?」 服を脱ぎながら俺の話に耳を傾けていた一がそうだなと言って、その全てを脱ぎ捨てるとベッドにギシっと音を立てて腰掛けた。 「全がそうしたいなら、そうすればいい。何か言うようなら俺が黙らせてやるからさ!」 そう言うと一の体が俺に跨る。 「でも、タイミングって言うか…どういう時に言ったらいいんだろう?あ…もう!真剣に考えいるんだから…触る…な…んっ!」 「考えててもいいけど、俺が愛そうとしている時に他の奴の話をしたんだから、それ相応の仕置きは覚悟しているんだろうな?」 最近は一の独占欲が前よりも強くなったように思う。俺の口から寒や夕の名前が出るだけでその日は激しく抱かれ、大抵は仕置きとして手首や足首、ひどいと肋を折られた。 子との別れが続いていた頃はそれでも一なりに我慢していたようで、その時の反動だろうと、しばらくすれば落ち着くと思っていたが、むしろだんだんと強くなっている。 「なぁ、俺に子供が産まれたら、この拘束は取ってくれるんだろう?」 「はぁ?!」 つい、口を出た一言に一の手に力が込められ、怒りが湧き上がっていくのがわかる。 「いや、だって…子育てとか…手が使えないと俺…あっ!やだ!やだぁ!一、ごめん!ごめんなさい!やぁあーーーーーーーーっ!!!」 俺がなんとか一の怒りを収めようとした言葉に一はその怒りを増し、俺の手首に力を入れてそのまま押し潰していく。いつもの綺麗な音ではなく、初めて聞く濁った音と、激痛に涙でぐちゃぐちゃにした顔を一に舐められ、痙攣する体に触れられ、快感と痛みにごちゃ混ぜの感覚は最後には快楽に全て飲み込まれて俺は痛みに気絶する間も無く揺さぶられていた。 「いいか?お前がたとえ子を産もうと拘束もこの部屋から出られない事も今のままだ。本当は寒や夕と話すのも、会うことすらさせたくないが、そうはいかないからな…だが、俺と二人の時に二人の話をするな!俺以外の奴を二人の間に出すな!子供には夕がいる。あいつに全て任せる。お前の腕が抱くのは俺だけだ!分かったな!」 「いちぃ…怖い…ごめっ…なさい…いちぃ!」 「あぁ、悪かった。怖がらせるつもりはなかったんだ。ただ、お前が俺の気持ちをわかってくれていなかったからさ。分かって欲しかっただけなんだ…あぁ、手首の骨…ごめんな。握り潰しちまった。でも、これでお前から抱きしめることはできないな…そうか…だったらこっちもさ潰しちまっていいよな?もう、俺だけがお前を抱きしめさえすればいいんだからさ。なぁ、全?」 一の手が、もう片方の手首を掴み力が入る。 「やめっ!一、やだぁ!俺も、子供を抱きしめ…あっ…」 俺の言葉に一の手に力が入るのが止まる。その顔に悲しみと絶望が広がり、涙がぼたぼたと俺の体に落ちた。 「一!どうしたんだ!?どこか痛いのか?なぁ、一ってば!」 掴まれた手を揺すって位置に呼びかける俺に、一が俯いたままで口を開いた。 「全は、子供を抱きたいのか?俺以外の奴を抱きしめたいのか?なぁ?俺はさ、お前を俺だけのものにしたいんだよ。だけど、それじゃあ寂しいだろうなって思うからさ、すっげー我慢して寒や夕と会わせたり話させたりさせてやってるのに…。お前は俺の想いなんか全然分かってないんだな…俺さ、本当はお前を地下室の誰にも分からない場所に隠して、そのまま二人きりで静かに過ごすのが夢なんだ。それでさずっとお前の中で、お前と一体になって過ごすの。死んでもずっと抱き合ったままで、いつか骨だけになってさ、一つの体のようにそれが混ぜ合わさるのを想像しただけで、イきそうになるんだよ。」 すっと顔を上げた一の瞳が狂気のそれに変わり、俺は恐怖と後悔で震えが止まらなくなった。 「ごめん…ごめ…っなさ…い。俺…俺も…一だけ…一がいれ…ば、いい…だからもう、許し…てく…ださい…」 ぎぎぎと音の聞こえるほどの一の歯軋りと、それに合わさって力の込められて行く手首を掴んだ一の手。 後悔してもすでに遅く、謝罪の言葉も一には届かず、俺は両手の骨がぐちゃぐちゃに握り潰されていく感覚にどこか遠くからそれを眺めていた。 「ぐぁあああああああああっ!!!!!」 自分の絶叫で痛みが一気に感覚として湧き上がり、俺は拘束された体でのたうち回った。 あまりの大声に扉が激しくノックされて、寒の声が部屋に響く。 「一様、入りますよ?いいですか?一様っ!」 切羽詰まった寒の声に一がハッと我に返って俺を見下ろす。その手に込められた力を弛めて俺の手首から離すと、ベッドを静かにおりて扉を開けた。 駆け込んできた夕と寒に、全を頼むと言い残して扉を閉めた一を見て、俺は咄嗟に夕に追ってくれと頼んでいた。 「でも…」 夕が寒を見ると寒も頷き、それを見て夕が扉から飛び出していった。 「寒、俺の治療は後でいいから、お前も一を追ってくれ!それで、ここに連れてきてくれ…治療はそれからでいいから…頼む。」 「ですが、このまま放置すれば本当に手首が使えなくなりますよ?一様は夕に任せて、全様は治療をお受け下さい。」 「いいんだ!手首なんか使えなくなったって、俺には一がいる。俺の全てをやってくれる一がいる。こうして、一つ一つ俺から体の器官を一は奪い取っていると思っているかもしれないが、逆なんだよ。俺が一を俺にがんじがらめにする為に、一に奪ってもらっているんだ。だから、これでいいんだ。このままでいいんだよ。ようやく、一が俺から手首を奪ってくれた。俺は嬉しいんだ…でもな、この事は俺とお前だけの秘密だよ…ほら、分かったら早く一をここに連れて来てよ。それで、一が逃げたせいで治療が遅れた俺の手首は治らなくなったって宣告してやってよ、一に。そうすれば一は後悔と責任でもっと俺を強く愛してくれるからさ。俺から逃げられなくさせる為の手段。寒も聞いたからには協力してくれるだろ?さぁ、ほらっ!」 顔で扉に行くように指示すると、寒は全くというように腰を上げた。 「私は一様の方が独占欲がお強いと思っていたんですけれど…全様のそれは何でしょうか?独占欲と言うのとも違うような…」 「ふふふ、何だろうね?俺にも分からないよ。でもね、一が俺に向ける独占欲も愛も支配も、その全ては俺がそうさせているんだよ。そう、Ωの俺がいなければ一はαにはなれない。それを知った時から、俺は一にとってなくてはならない存在なんだと気が付いたんだ。だから、今は俺の方が一をコントロールしているんだよ…一が知ったらどう思うんだろうね?自分がαとして庇護していたはずのΩに支配されているって知ったらさ。ふふふ…でもね、教えたりしないよ俺は。一は何も知らずに俺を守り、愛し、その全ての時間を俺だけのために使うんだ。凄いよな?考えるだけで身震いするよ。もう一度言うよ?寒、この家での職とその命を失いたくなければこの事は内緒だよ?だって、いくらお前が何を言おうと、一は俺の言うことだけを信じるんだからさ。そう、運命で奇跡の双子の俺の言う事だけをね…さぁ、かわいそうな俺の一を連れて来てよ?」 ぞっとするような微笑みに見送られた私は扉を開けて仄暗い廊下に出た。 その全ての人生をかけて、全様は一様をご自分のものにした。 一様に知られぬように子を流し、悲しみを共有して一様とご自分との絆を深め続け、一様にはもう全様しかいないんだというように仕向けた。その手助けをしていた私も同罪なんだろう。 Ωだった一様が全様によってαになられた瞬間から、その支配は完全に全様の手に渡った。全ては全様が一様をご自分のものとする為。それがいつからの計画か私には分からない。しかし今、その最後の鍵が開けられて一様はその扉の中に足を踏み入れる。もう逃れられない全様の最後の部屋。そしてその扉は金輪際開く事はなく、全様はついに一様の全てを手に入れられる。 踏み出す足がまるで鉛のようだ。それでももう後戻りはできない。一様を連れて来なければ…夕にその責任は負わせられない。私の愛する夕にはこの事は知られてはいけない。 その思いが私の足を一歩踏み出させた。 後ろから追ってくる全様の笑い声に押されるように、私は一様の元へと急いだ。

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