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11.二人の魚料理(5)
「いい匂いだねー」
ミオは食卓に並んだアジ料理に顔を近づけ、すんすんと匂いを嗅いでいる。
「うん、漬けの具合もいい感じだな。それじゃさっそく食べちゃおう」
「はーい。いただきまーす」
ミオはまず、すっかり柔らかくなった豆アジの南蛮漬けを口に運び、もぐもぐと咀嚼 した。
さて、その感想やいかに。
「あっ! これすごくおいしいよ、お兄ちゃん」
「お、そっかぁ。骨は固くなかったかい?」
「大丈夫だよ。もう丸ごと食べちゃった」
「はは、余程おいしかったんだね。よかったよかった」
「ね、お兄ちゃんも早く食べてー」
「よーし。じゃあいただくとしますか」
今回作った南蛮漬けは材料の関係で、付け合わせの野菜は玉ねぎのみというシンプルな作りになったが、味の染み込み具合は抜群だ。
調合に手間をかけたおかげで、南蛮酢が染み込んだアジからは、噛めば噛むほど甘酸っぱくて、味わいのあるダシがじゅわっと出てくる。
およそ三時間くらい寝かせておいたアジは、ちょっと強く挟めば身が崩れそうなくらいで、中骨やゼイゴの食感も全く気にならなかった。
「うん、うまい! 柔らかくて香ばしいし、とても初めて作ったとは思えない出来だな」
「初めてだったんだ? お兄ちゃん、お料理上手なんだね」
「レシピ通りに作ってみただけさ。ここまでおいしくなったのは、きっとミオが手伝ってくれたおかげだよ」
「そ、そんな事ないよー」
ミオが頬を赤らめて恥ずかしがった。
だが実際に、この子が豆アジのエラと内臓取り、そして南蛮酢の味見などを手伝ってくれたおかげで、こんなにおいしい南蛮漬けが作れたのだ。
そう思うと、共同作業のありがたみをつくづく実感させられる。
「漬け丼も、アジがぷりぷりしてておいしいねー」
「うん。身が新鮮なうちに、タレに漬けておけたのがよかったな」
醤油と味醂で作ったタレの味がたっぷりと染み込んだ切り身は、それなりに手間をかけて下処理をしたおかげで、味だけでなく食感をも楽しめる。
ボウルの中の余ったタレをちょっとかけて、熱々のご飯と一緒にかっ込むと、またうまい。
薬味として加えたネギとの相性もいいし、まぶした白ごまの香りがまた食欲をそそるので、二人とも、どんどんご飯が進んだ。
こういう海鮮の丼ものをあっさりと食べたいなら、お茶をかけて、茶漬け丼としていただくのもよさそうだ。
温かいお茶でもいいが、冷やしたお茶をかければ、夏場でもさっぱりとした食感を楽しめることだろう。
「ふー、食った食った」
「ごちそうさまでした! すごくおいしかったよー」
余程気に入ってくれたのか、普段は少食なミオも、漬け丼をペロリと平らげていた。
「もうお腹いっぱいになっちゃった」
「ははは。漬け丼だけでも豆アジたくさん乗っけちゃったからなぁ。じゃあ南蛮漬けの残りは、また明日にしよっか」
「うん。また明日食べようね」
南蛮漬けは殺菌効果のある酢に漬け込んであるので、蓋をして冷蔵庫に保存すれば、三日くらいは持つらしい。
なので、食べきれなかった分は、明日以降のお楽しみとして取っておくことにした。
初めて経験する魚釣り、そして初めて作った魚料理。
どちらも、ミオに喜んでもらえる結果になってほんとによかった。
ちょっと疲れたけれど、デートとしては大成功かな。
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