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17.夢のリゾートホテル(6)

 ただ、一つ心配な事がある。  今回の件で唯一ネックになるのは、宿泊日までたったの一週間しかないという事実だ。  明日、朝一番で有給休暇(ゆうきゅうきゅうか)の申請書類を提出したとして、果たして稟議(りんぎ)が下りるのだろうか。  しかも、申請書類を提出する相手は営業第一課のドンこと、鬼の権藤課長だ。  ミオの歯科検診の時には早退を認めてくれたが、今度は丸三日間、会社に休みをくださいとお願いする事になる。  しかもその理由が、病気や忌引(きびき)などではなく、単純にリゾートホテルに泊まりたいから、ときた。  何だか無理っぽいなー、場合によってはものすごいカミナリを落とされそうだ。  やっぱり佐藤には諦めてもらおうかなぁ。  でも、ミオにもいい思い出を作らせてあげたいし、ここは腹をくくるしかないか。  とりあえず、ミオにホテルの予約を取った話をするのは、有給休暇の確保ができてからにしよう。  ぬか喜びをさせるだけさせて、後でがっかりするような羽目になるのは非常に気まずい。  もしその日の有給休暇が取れなかったら、名義変更までしてくれた佐藤には悪いが、五万円の返金プラス、俺からの気持ちとして一万五千円の手数料で納得してもらうしかないか。  ――そして翌日。時刻は早朝の八時。  俺は会社に早出をして、有給休暇取得のための申請書類を作っていた。  所属は営業第一課、氏名は柚月義弘(ゆづきよしひろ)、と。  休みたい期間は、七月二十一日から二十四日までの三日間。ここまではスラスラ書ける。  だが、肝心の「何で休みたいのか」という〝事由(じゆう)〟に関しては、一体どうお伺いを立てればカドが立たないのか、妙案が思い付かない。  法律的な観点からものを言うと、ある〝二つの条件〟を満たして有給休暇を取得しているのなら、申請の事由なんて適当でも構わない。  その条件の一つ目は、例えば会社などに雇用され、入社してから六ヶ月を継続して勤務していること。  そして二つ目が、だ。  これは多少ややこしいのだが、要するに、一つ目の条件にある〝入社してから六ヶ月を継続して勤務〟する間に、全労働日の八割以上出勤しなければならないのである。  では〝全労働日〟とは何か?  例えば、とある労働者が四月一日に入社したとして、六ヶ月後の九月末まで出勤した場合。  その労働者の全労働日は、土日のような、会社の就業規則(しゅうぎょうきそく)で定められた所定の休日を差し引いた数になる。  で、その差し引かれた全労働日の八割以上出勤していれば、二つ目の条件もクリアできるのだ。  その二つの条件を満たした労働者に対して、使用者(この場合だと会社)は、十日間の有給休暇を付与しなければならない。  労働基準法(ろうどうきじゅんほう)の第三十九条には、そう定められている。  で、その休暇の利用目的には、会社側は一切の干渉が許されないようになった。  それが過去の最高裁判決で述べられた〝年休自由利用の原則(ねんきゅうじゆうりようのげんそく)〟である。  この判例を盾にすれば、先程の二つの条件を満たして有給休暇を得た労働者は、有給休暇の申請をする際には特に理由を書く必要も無ければ、仮に申請理由とは全く違う使途(しと)で有給休暇を利用しても、何らお(とが)めを受けないのだ。

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