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17.夢のリゾートホテル(8)

「とにかく、俺は正直に旅行の理由で申請するよ。これがダメだったら素直にキャンセルしてくれよな」 「よっしゃ、分かった。お前とミオちゃんと金のためや、オレも一肌脱ごうやないか」  そう言いながら佐藤はすっくと立ち上がり、俺の肩をポンと叩いた。 「え?」 「オレも一緒に、お前の有給を権藤課長に頼み込んだる」 「いやいや、大丈夫なのか? その申し出は嬉しいけど、ヘタをしたらお前まで課長に目をつけられるんだぞ」 「かめへん、その時は営業成績アップで挽回すりゃええだけや」 「はぁ。そんだけやる気があるのなら、嘘の忌引なんてセコい手を使おうとするなよな」 「それはもう言わんといてくれ……」  なんて話をしていると、当の本人である権藤課長が出社してきた。  まだ時刻は八時半前。九時の始業までまだ時間はあるというのに、あの人はもう、仕事を始める準備をしている。  課長は一切休憩を挟まない人なので、一旦仕事を始めたら、昼食と終業まではノンストップで黙々とやり続けてしまう。  部下が、仕事中の上司に有給休暇の申請を出してお伺いを立てるのは、とてもじゃないが上策とは言えない。  つまり、許可を得るなら今しかないという亊。 「佐藤、行ってくる」 「お、おい待てや。オレも行くがな」 「お前が来たって一緒に怒られるだけだろ!」 「そんなもん、やってみな分からんやないか!」  俺たちが声を殺して押し問答をしていると、ふいに課長が席を立ち、こちらの方へと歩いて来た。  課長の予想だにせぬ行動に驚き、二人の間にピリッとした空気が張り詰める。  もしかして、俺たちのどっちかが仕事で何かやらかしてしまったのか? 「か、課長。おはようございます!」 「おはようございますっ!」 「うん。おはよう」  俺らは直立不動でビクビクしながら挨拶したが、挨拶を返す課長の表情は極めて穏やかだ。  これが嵐の前の静けさというものなのだろうか。 「柚月」 「はいっ」 「お前、私に言いたい事があるだろ?」 「え……?」 「書類棚から、有給休暇届が一枚減ってた」  そう指摘された瞬間、俺は心臓を貫かれたかのような衝撃を受けた。  まさか出社してすぐに、こんなペラッペラの紙がたった一枚少なくなっている事に気付いただなんて。  営業第一課で早出をしていたのは俺一人、そしておよそ十分後に佐藤が出社。  その数分後に課長が来たので、今ここにいるのは三人だけだ。  つまり、うちの課の書類棚から有給休暇届を取ったのは、俺か佐藤かのどちらかに絞られる。  だが佐藤ではなく、俺が申請書類を提出しようとしていたと見抜いた理由は何なんだ?  俺には全く見当もつかないが、とにかく課長が、驚異的な洞察力の持ち主であるという事だけは分かった。  だとしたら、今更隠し事なんてできない。  こうなったら玉砕覚悟で、正直にお願いしよう。 「あの、実は課長、六日後に、旅行のために三日間お休みをいただきたいんです」  俺はつっかえるように答えながら、裏返して机に置いておいた有給休暇届を見せた。 「三日間?」  さっきまで穏やかだった課長の表情が一変し、書類を見る目が鋭くなる。  俺の横では、佐藤のヒッと息を飲む音が聞こえた。  お前、一緒に頼み込むんじゃなかったのかよ。自分の事でもないのに、すっかり恐怖におののいた顔をしてさぁ。 「う、うちの子に、思い出作りをさせてあげたいんです。どうかお願いします!」  俺は全力で頭を下げ、課長に懇願した。  これがダメなら、もう今年は海を諦めるしかない。神様仏様課長様、どうかお慈悲(じひ)を――。

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