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17.夢のリゾートホテル(9)

「構わんよ」 「……えっ? 本当ですか!?」 「三日間だろ? 行ってこい」  課長はそう言うと、俺の有給休暇届を受け取り、その場で自分の認印を押した。 「あ、ありがとうございます!」 「柚月、それから佐藤も聞いとけ。お前ら、何か勘違いしているだろ」 「はい?」 「うちの会社は鬼の()み家じゃないぞ。鬼は給料も休みも与えないからな」  至極もっともなお言葉だが、どちらかと言うと、鬼なのは会社じゃなくて課長のシゴキなんだよなぁ。  なんて答えたらそれこそ地獄を見るので、俺たちはひたすら黙って頷くしかないのであった。 「休むのは大いに構わん。後ろめたい事が無いなら、届けは堂々と出しなさい」 「課長……」 「休む時はしっかり休んで、働く時はしっかり結果を出せ。それが営業第一課のルールだ。分かったな」 「はい! しかと心得ました」 「よし。佐藤も、偽の忌引なんて小賢しいことは考えるなよ」 「いっ!? そ、それはもう、重々に……」  権藤課長、あな恐ろしや。  いつどこで何を見聞きしているのか知らないが、佐藤が常日頃から、忌引を悪用して休もうと画策していた事まで察知していたらしい。  なんという観察力だろうか、この人には絶対に嘘はつけないな。  リゾートホテルに泊まるために三日間も会社を休む事で、一体何を言われるかと思ったが、結局、課長はすんなりと承認してくれた。  俺が今年、有給休暇の申請をするのはこれが初めてだし、去年からの繰り越しの分が丸々溜まってたのもあって、大目に見てもらえたのかな。  とにかく、これで全てのハードルはクリアできた。  後は、家に帰ってミオに報告するだけだ。 「よかったな、柚月」  権藤課長が自分の席に戻ったのを確認して、横にいた佐藤が小声でささやいてきた。 「ああ。今年で一番ヒヤッとしたよ」 「ほな、お金は後でええから、今のうちにコレをもろといてくれるか」 「ん? 何を?」 「まず、これが渡船のチケットや。離島への行きと帰りの分な。あと、ホテルのパンフレットも渡しとくわな」 「そういや船賃込みで予約してたんだったな。じゃあ、ありがたくもらっておくよ」 「みやげは頼んだで。できるだけ、うちの課の全員が喜びそうなのんを買うてきてくれよ」 「うん、分かった。佐藤にも特別に、残念賞で何か買ってきてやるよ」 「はぁ。ありがとさん」  佐藤はユキちゃんとの別れ話を思い出したのか、がっくりと肩を落とした。  ――そしてその日の夜。  残業を終えて帰宅し、ちょっと遅めの晩ご飯を食べ終わった後、いつも通り俺の隣でテレビを見るミオに、ホテルの予約と有給休暇が取れた件を話す事にした。 「ミオ。二十一日から、二人で旅行に行こうか」 「旅行? それってお出かけするって事?」 「うん、そんなに遠くないところだけどね。休みが取れたから、二日間お泊まりしようかと思ってさ」 「お泊まりするんだ、すごく楽しそうだね! 行きたい行きたーい」  人生初めての旅行に外泊という事もあってか、ミオも大はしゃぎだ。 「ねぇお兄ちゃん、どこに連れて行ってくれるの?」 「ここからだいぶ遠くにある離島のリゾートホテルだよ。ほら、これを見てごらん」  と、俺は佐藤から受け取った、ホテルのパンフレットを手渡した。

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