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21.魚釣りと温泉(1)

 観光名所めぐりを終え、客室にみやげ物を置いた後に俺たちが向かった堤防は、ホテルの所有地内にある。  ここ、佐貴沖島(さきのおきしま)にエリオット・スターホテルを誘致した際、ホテル側はリゾートホテルにしたいと提案し、県側との交渉の結果、プライベートビーチを持つに至る。  つまりホテル側は、宿泊施設を建てる土地だけでなく、そこに隣接する砂浜までをも買った事になるのだ。  そう考えるとかなりの大金が動いたのだろうと推察されるが、誘致した県側もある程度、助成金などで負担した部分もあるのだろう。  とにかく、そういうわけでホテル側は広大な砂浜を確保し、ついでに近くの堤防も手に入れ、魚釣り公園の側面を持たせるべく、釣り台を建設して整備したのだった。  プライベートビーチはホテル宿泊客専用だが、この堤防だけはお金さえ払えば、ただ釣りがしたいだけの一般客でも入場できる。  ただし、ここでできる魚釣りはあくまでも宿泊客向けのアクティビティという姿勢を崩していないので、一般客が入れる場所には制約があるのだ。  と言うよりも、宿泊客でありさえすれば、より多くの、そしてより大きな魚が釣れている釣り台に入場できる優遇サービスを受けられる、という表現の方が正しいかも知れない。  その優遇された釣り台では、夕方から夜間にかけては、常夜灯の横に設置したを点灯させるため、夜釣りでも満足な釣果が得られるのだという。  もっとも、さすがに二十四時間営業というわけではないので、その集魚灯の役目も、閉園時間の午後十時までという事らしい。  ……というのが、さっき釣り道具一式を借りた時に、管理施設の従業員さんから聞いた話。  俺たちは当然宿泊客なので、その証明となる物さえ見せれば、宿泊客専用の釣り台に入場できる。  で、その〝証明となる物〟は、白を基調として、金文字でホテルの名入りがしてあるブレスレットだ。  これはフロントで宿泊手続きをした際に配布されたものだが、万が一紛失した場合も、ホテルのコンシェルジュに頼めば、簡単な手続きで再配布してもらえるというわけである。  ブレスレットは、ホテルが提供する全サービスを受けられるという証明になるので、プライベートビーチで遊ぶ時にも装着しておいて欲しいとの事だった。  まさかとは思うが、泊まりもしないのに不法侵入して泳ぎに来るような、不埒(ふらち)な輩でもいるのかなぁ。  あるいはブレスレットを偽造してるとか?  さすがにそれは疑り深すぎか。 「お兄ちゃん、魚がいっぱいいるよー」 「ほんとだ。集魚灯のおかげかも知れないね」 「集魚灯って、そんなに効果があるんだ?」 「一応、常夜灯だけでもそこそこ集まるらしいよ。集魚灯を点けてるのは、それだけじゃ釣れない魚を寄せたいんじゃないかな」 「例えば、どんなの?」 「場所によるんだろうけど……イカとか?」 「イカ?」 「うん、イカ」 「イカってボクでも釣れる?」 「さすがに今日は無理かな。イカ釣りするには、エサとか仕掛けを丸ごと変えなきゃいけないからね」 「そうなんだ。じゃあボクはアジを釣るー」  ものすごく切り替えが早いのか、もともとそこまでイカに興味が無かったのかは分からないが、ミオは再びアジを釣るべく、手慣れた動作で仕掛けを投げた。

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