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21.魚釣りと温泉(3)

「よくやったね。これ、たぶん二十センチくらいはあるよ」 「そんなにあるんだ! おいしそうー」  人生で初めて釣り上げた、良型のイワシの食味を、本能で「おいしそう」だと察知するところが、いかにも子猫らしい。 「魚の鮮度が落ちないうちに、水バケツに入れちゃおうか」 「うん」  魚を針から外す作業も慣れたもので、ミオはまだ息があるイワシを手早くすくい上げ、そっと水バケツに入れた。 「ふー。疲れちゃった」 「一投目であんだけ大きなイワシが釣れたしなぁ、釣果としては満足だよな」 「でも、お兄ちゃんの分がまだだから、ボクもっとやるー」  さっきビッグファイトをしたばかりのミオが釣りを続行する理由は、俺の分まで釣ってくれるからなのか。  優しいなぁ、ほんとに。  俺もうかうかしてられないな。お兄ちゃんとして、ちょっとはいいところを見せてやりたい気持ちもある。  という事で俺も釣り続行。  それからしばらくは、俺とミオの竿に、それぞれ十センチ未満の豆アジが数匹食いついてきた。  が、さすがに今回は全部リリースだ。  ミオはもう良型のイワシを確保しているので満足だし、俺もそれなりに大きい魚を釣って食いたいから、豆アジで納得するにはまだ早いと思ったのである。  そうやってかわいい豆アジたちとたわむれること、およそ十分。  ようやく、俺の竿にも力強い手応えがきた。  小さな玉ウキが一瞬で消し込み、海中へと引きずり込まれていく。  これを逃すとまた豆アジ祭りになりそうだ、慎重に合わせよう。 「よし、掛かった!」  ミオの時と同じように、立てた竿がグーンとしなる。  間違いない、こいつは大物だ!  まだ見ぬ大型魚への期待感が抑えられず、リールを巻く動作にも、自然と力がこもってくる。 「お兄ちゃん、頑張ってー!」  俺の横で戦いを見守る、ショタっ娘の黄色い声援がすごく嬉しい。  せめて食える魚であってくれ、釣り上げたらフグでした、なんてオチはこの際いらないから。 「アイゴだ……」  激闘の末、陸に揚げられた魚体を見て、俺はその場に崩れ落ちた。  そりゃフグじゃなかったけどさぁ、だからといって結局毒を持ってる魚だったら結果は同じじゃないのよ。 「どしたの? お兄ちゃん」 「ミオ、その魚に触るんじゃないぞ……毒があるからな」 「えっ!? こわーい!」  こっちに近づいてきたミオは、毒と聞かされた途端、その場からピョンと飛び退()く。 「この魚はね、背ビレや尻ビレとかに毒があって、刺さるとものすごく痛いんだよ」 「そんなに危ない魚なんだ。でもよく引いたよねー」 「確かにね。手応えがあるから釣ってる間は楽しいんだけど、こいつだと分かると一気にがっかりするんだよなぁ」  で、目下(もっか)の問題は、この二十センチオーバーの毒魚をどうやって針から外すのかという事。  魚体を持ちながらなんてもってのほかだし、かと言って針外しのためのプライヤーも無い。  かくなる上は、ハリスごと切って、針が掛かったまま海に逃がすしか手が無いんだが、一つだけ気になる事がある。  アイゴは食ったらうまいんだろうか?  俺が子供のころ、親父と一緒に釣りに行った時に聞いた話だが、アイゴはヒレさえ取り除けば食えるらしい。  ただ、その食味だけは分からんと言っていたし、そもそも釣れても全部リリースしていたので、うまいか否かはいまだ未確認なのだ。  だから一度は食べてみたい、という好奇心が()き起こるのは当然として、その反面、これを調理してくださいなんてお願いして、果たして大丈夫なのかどうかという疑問も残るのである。

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