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21.魚釣りと温泉(4)

「あ。アイゴが釣れたんですね」  釣れたアイゴの処遇に悩み、しばらく海で泳がせていると、釣り施設の従業員さんが声をかけてきた。 「そうなんです。結構引いたもんで、真鯛の小さい奴かと思ったんですけど……」 「分かります。ただアイゴも結構おいしいですよ」  〝おいしい〟というフレーズを聞いて、ミオの耳がピクリと動いた。 「そうなんですか?」 「はい。特にうちは塩焼きが専門なので、アイゴならおいしく食べられると思いますよ」 「でも、ヒレが……」 「ヒレでしたら、この場で私が全部処理いたします。召し上がってみますか?」 「えっ、じゃあ、お願いしようかなぁ」 「お兄ちゃん、大丈夫?」  ミオが不安げな顔で尋ねてくる。  さっき毒魚だって聞かされたばかりなんだから、いくらおいしいって言われても、そういう反応にはなるよな。 「せっかく大物が釣れたんだし、ヒレさえ取れば毒は無いから、試しに食べてみるよ」 「心配だなぁ」 「大丈夫ですよ。全部お任せください」  そう言うと、従業員さんは頑丈な手袋をはめ、泳がせていたアイゴを再度釣り上げる。  そして打ち上がったアイゴが暴れないように押さえ、取り出したハサミで、毒のあるヒレをテキパキと処理していく。  かくしてヒレを切除され、神経締めもなされたアイゴは全くの無害となり、めでたく塩焼きできる食用のお魚さんへと昇華したのだった。 「慣れてらっしゃるんですね」 「恐縮です。お客様の中には、アイゴを食べてみたいと仰る方も多いので、ご要望にお応えできるよう、常に万全を期しております」  という事は、アイゴはこの釣り台ではよく釣れる魚なんだな。  で、日本全国津々浦々からやって来る観光客のニーズに応えるためにも、毒のあるヒレの取り除き方についてしっかり研修を受け、実践してきたというわけか。  さすがは名門ホテル、やる事が違うな。 「今からならすぐお料理ができますけど、釣りはお続けになりますか?」 「ミオ、どうする? もうちょっと釣りしたい?」 「ボクはイワシとか、アジがいっぱい釣れたからいいよー。お兄ちゃんはアイゴでいいの?」 「うん。初アイゴにチャレンジしてみる」 「では、お魚と釣り道具は私に全部お任せいただいて、お客様はあちらのテーブルの方で、ごゆっくりとおくつろぎください。後ほど料理をお持ちいたします」  驚いたなぁ。ここは魚の下処理だけでなく、釣り道具の片付けまでやってくれるのか。  いかに他の釣り客がいないからといって、ここまで丁重にもてなされてもいいものなのかと、かえって心配になる。  魚の下処理と釣り道具の片付けをする従業員さんを尻目に、俺たちは厨房の前にあるテーブルへと向かい、そこに並ぶ木製の椅子に腰掛けた。  現在時刻は午後六時半過ぎ。夏場の日没はかなり遅いので、まだまだ空は明るい。  常夜灯は安全のためだからもちろんとして、早いうちに集魚灯を点けておくのは、それだけ宿泊客に魚を釣らせてあげたいって意思の表れなんだろうなぁ。  そのおかげもあって、ミオは大きなイワシを、そして俺も、それなりに手応えのある魚が釣れたわけだし。  一般的に〝外道〟と呼ばれる魚のアイゴが、この厨房で塩焼きにされるとどんな食味になるのか、楽しみではある。

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