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21.魚釣りと温泉(5)
「お水もらってきたよー」
ミオが、厨房のカウンターに設置されたウォーターサーバーから、セルフサービスの水を持って来てくれた。
「ありがとう。今日は暑かったら水がおいしいなぁ」
「そだねー。ボクもいっぱい汗かいちゃった」
ミオはそう言いながら、両手でTシャツの襟を大きく伸ばし、自分の体を覗き込んだ。
「ホテルに戻ったらシャワー浴びる? それとも温泉がいい?」
「ボク、お兄ちゃんと一緒に温泉行きたーい」
「ん、そっか。じゃあ温泉でサッパリしよう」
「はーい」
実を言うと、俺がミオと一緒に風呂に入るのは、これが初めてとなる。
家にある風呂は決して狭くはないし、仮に二人で湯船に浸かったとしても、きっと余裕はあるだろう。
それでも一人ずつ入るようにしていたのは、ミオの中にある〝女の子らしさ〟を意識するがあまり、一緒に入る事を避けてきたからだ。
里親とその子供という親子関係だからこそ、ミオをやらしい目で見るのは尚更ご法度なのである。
よって、ショタっ娘のミオに特別な感情を抱きかねない俺が、同じ風呂に入るのはふさわしくないと思い、ここまで別々に入ってきた。
だが、今日こそはついに観念しなければならないようだ。
まぁ温泉なら不特定多数の宿泊客が一堂に会するわけだし、何もミオとだけ一緒になるわけではない。
各々が別々に体を洗い、湯船に浸かる時もできうる限り離れて目を逸らし、窓の外の景色でも見ておけばいいのだ。
……というのはあくまでも理想論で、それではたぶんミオが納得しないと思うし、実際に温泉に行ったら、進んで一緒になりたがるに違いない。
弱ったなぁ。世の中のショタっ娘を我が子に持つお父さんたちは、こういう場合、一体どうしているんだろうか。
ミオみたいな、限りなく女の子に近い男の子が身近にいる事自体が、そもそもレアなのか?
「お待たせいたしました。こちらがイワシの塩焼きになります」
「わぁー、おいしそう」
テーブルに運ばれてきたイワシ料理を見て、ミオの目がキラキラと輝く。
「こちらがアイ……塩焼きになります。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
外道を釣ってきた俺に対して、アイゴと言いかけたのをギリギリで踏みとどまってくれた、従業員さんの心遣いが身に沁 みる。
魚料理ができるまで、さっきの温泉の事をしばらく考えていたが、一向に適切な答えが見つからなかった。
一つだけ浮かんだのが、他の宿泊客の中に、ミオの事を変な目で見る人がいないかどうかを監視する体 でミオから目を逸らす、というもの。
だが、それではかえって俺が他の男に興味があって、ジロジロ見ていると誤解されるおそれがある。
それこそまさに最悪な状況ではないか。
俺はあくまで、自分の中でショタコン疑惑が浮上しているだけの一般人であって、決して男が好きなわけではない。
でもそれを言い出すと、同じ男であるショタっ娘のミオの事を好きではない、と主張しているような気がしないでもないんだよな。
ミオの事は間違いなく好きだ。俺のこの気持ちに嘘はない。
だけど、断じてショタコンではないと思いたい、なんて都合のいい考え方が今更になって通用するわけでもないし。
やっぱりダメだ、俺の頭の中で性別と恋愛の定義がぐっちゃぐちゃになって、サッパリ考えがまとまらない。
ミオってほんとに悩ましいほどの魔性を発揮してるよな、当の本人は一切自覚が無いようだけど。
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