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33.夜のデートはイカ尽くし(2)

「もちろん。でもアジだけじゃないぞ。魚市場じゃあ、ほとんど漁でしか獲れないような、珍しい魚もたくさん売ってるんだからね」 「へぇー。例えばどんなのがあるの?」 「例えば? そうだなぁ、エビとか」 「エビ?」 「うん。エビ。甘エビにクルマエビだろ、後は伊勢エビなんかも揚がるんじゃないかな」  自分で「珍しい魚」と言いつつ、真っ先に甲殻類を例に挙げてしまった。 「あ。伊勢エビなら聞いたことあるよ! すっごく大きいんだよね」 「そうそう。しかも伊勢エビは、地域によっては釣り上げるのを禁止されているところがあるから、魚市場とかネットで買う方が無難だろうな」 「釣っちゃダメなの? 残念だなぁ」  釣り禁止という言葉で興ざめしたのか、身を乗り出して俺の話を聞いていたミオが、両腕を頭の後ろで組み、シートに倒れ込むようにして座り直した。 「ははは。まぁ伊勢エビなんてそうそう釣れるもんじゃないし、何より、家で料理するのが大変だからね」 「伊勢エビの料理ってどんなのがあるの?」 「うーん、何だろう。一番楽なのはチーズとかパン粉を乗っけて焼くとか?」 「いいねー。それ、すっごくおいしそうー」  自分で言っといて何だが、確かに伊勢エビのチーズ焼きはうまそうだ。  ただ、伊勢エビを二人で腹いっぱい食べようと思ったら、相当大きなやつを仕入れる必要がある。  そういう大きな伊勢エビって、通販で買うにしても、相当なお値段になるんだよなぁ。  でも、かわいいミオには、ぜひおいしい伊勢エビを食べさせてあげたい。 「よし。それじゃあ、お正月のおせち料理で伊勢エビを食べよっか」 「おせち料理?」 「ちょっと先の話になるけどね。仕出し屋さんとか通販で頼むおせち料理の中には、大きな伊勢エビを重箱に詰めて出してるところもあるのさ。だから来年のお正月には、そういうおせち料理を頼んでみようよ」 「うん、ありがとうお兄ちゃん。でも、大丈夫?」 「ん? 何が?」 「えっと、お金の事……」  ミオはそこまで言うと下を向き、口ごもってしまった。  おそらく、ミオに提案したプランが、俺に無理をさせているのではないかと心配しているのだろう。  いつも思うがミオは優しいよなぁ。まだ幼いのに、ほんとにできた子だよ。  これが昔に一年だけ付き合っていた、あの金使いの荒い元カノの場合だと、むしろ『もっと高いの選びなさいよ』とか言って、罵声を浴びせてきた事だろう。  こう言うとひどい決めつけのように聞こえるかも知れないが、決して俺は根拠も無く、あんなセリフを考えているわけではない。  過去、似たような件で実際に罵られた俺だからこそ、あの女の言いそうな事が容易に思い浮かぶのだ。  そういう苦々しい経験を踏まえた上で、やはり彼女にするなら、心優しくて気配りもできるミオが一番だと思うのである。

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