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34.実食、イカ料理(1)

 ささやかなイカ釣り体験を満喫した後、俺たちは自分の席に戻り、すでにテーブルに並んでいる、出来上がりたてのイカ料理をいただくことにした。  俺がヒイカ釣りに手間取っているうちに、ご飯ものであるイカ飯とイカスミ炒飯、そしてイカのぽっぽ焼きも出来ていたらしく、店員さんが次々と配膳していく。  焼き上がったぽっぽ焼きと、じっくり煮込まれたイカ飯から漂う香ばしさが鼻孔をくすぐり、俺たちの空腹感を増大させにかかってくる。  この時のために、ミオも俺もお昼ご飯は控えめにしといたんだからな。今日は遠慮なく腹を満たさせてもらう事にしよう。 「ミオ、お腹すいたろ。さっそく食べちゃおうよ」 「うん。最初はサラダを食べるー」  イカ料理のフルコースも前菜からという事で、俺は茹でイカと夏野菜のサラダを、二人分の小鉢に取り分けた。  茹でイカには細かい切れ込みが入っており、一口サイズで食べやすくなっている。  そして、そのイカを彩る野菜にはキュウリや玉ねぎ、真っ赤なパプリカにナスビなどが使われていた。  メニュー表によるとこのサラダは、玉ねぎがベースの特製ドレッシングをかけて食べるのが一番うまいらしい。  ところでナスビって夏野菜なのか?  〝秋茄子(なす)は嫁に食わすな〟って言われるくらいだから、てっきり秋が旬の野菜だと思っていたんだが、夏でも食べるんだな。 「あっ! お兄ちゃん。サラダ、すっごくおいしいよー」  ミオは大きな瞳をキラキラと輝かせながら、ドレッシングがたっぷりかかったサラダに舌鼓を打つ。 「うん、うまい。ほんのり付いた塩味だけでもいけそうな感じだけど、ドレッシングをかけるとうまさが倍増するな」 「だよねー。サッパリしてるから、ボクでもいっぱい食べられそうだよ」  少食な体質のミオがそこまで言うくらいなんだから、よほど気に入ったんだろうな。  確かに、茹でイカごと冷やして作られた夏野菜サラダはすごくサッパリしているから、うだるような暑さで火照った体のクールダウンには、至極てき面だと思う。  しかも、お店特製ドレッシングの香りがまた食欲をそそるので、これなら万が一夏バテした時でも、難なく食べる事ができそうだ。  夏野菜、(あなど)りがたし。  さてお次は、醤油と味醂(みりん)を混ぜたつけ汁に浸され、しっかり焼き目をつけられたぽっぽ焼きをいただくとしよう。  何でぽっぽ焼きって名前が付いたのかは分からないが、この料理は縁日の屋台感があって、とにかく心をくすぐられるのだ。  まずはこれをおかずにして、イカ飯とイカスミ炒飯をかっ込む作戦で行こうじゃないか。 「はい、ミオ。これがぽっぽ焼きだよ」 「ありがと。すごくいい匂いがするねー」  ミオは小皿に盛られたぽっぽ焼きを顔に近付け、すんすんと鼻を鳴らしながら、その香りを(たの)しんでいる。

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