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34.実食、イカ料理(5)

 店頭の立て看板や店内のポップによると、今の時期は夏のイカフェスタを開催中との事で、その目玉として、アオリイカの天ぷらをお安く、さらに増量サービスで提供しているらしいのだ。  その増量された天ぷらが思ったよりも山盛りで出てきたので、少食なミオが食べきれるかどうか気がかりだったのだが、この分だとそれも杞憂(きゆう)に終わりそうである。 「ねぇお兄ちゃん。お塩の横にある、この緑色の粉ってなぁに?」  天ぷらを食べている間に、天つゆから粗塩へと味変しようとしたミオが、塩皿に盛られている粉末を指差して尋ねてきた。 「ああ、そりゃ抹茶塩だよ」 「まっちゃじお?」 「そう。抹茶っていうお茶を粉にして、塩と混ぜてあるんだ」 「それってどういう意味があるの?」  という質問をぶつけてくる事から察するに、おそらくミオは、抹茶自体をよく知らないのだろう。  そりゃまだ十歳になって間もないショタっ娘だもんなぁ、抹茶塩なんて小洒落(こじゃれ)た調味料が未知のものであったとしても、何ら不思議ではない。 「えーとな。ここのはそうでもないけど、天ぷらって基本的に、油っこい食べ物だろ?」 「うん」 「で、その天ぷらに抹茶をつけると、お茶の成分が油こいのを打ち消してくれるから、サッパリと食べられるようになるんだよ」 「そうなんだ! じゃあ、普通の塩よりもこっちの方がいい?」 「まぁその辺は好みの問題かな。黄金色(こがねいろ)の天ぷらに緑の色味を足して、見た目を楽しむって食べ方もあるしね」 「なるほどー」  今説明した色味が云々(うんぬん)という話は、どちらかと言うと通の食べ方という意味合いが強く、実は抹茶を混ぜる事で塩の分量を抑えられるため、結果として減塩にも繋がるのである。  要するに、塩分過多や高血圧が気になる年頃の大人であっても、比較的ヘルシーに天ぷらを食べられるという事。  あとは香り付けという意味合いも大きいだろう。  天ぷらに抹茶塩をまぶしていただく事で、衣と抹茶のいい香りが両方楽しめるのだから、ただ普通の塩を付けるだけよりは、相当通好みな食べ方になると言えるわけだ。  ……という話をミオに聞かせたところ、好奇心旺盛なミオはさっそく、残った天ぷらに抹茶塩を振りかけて食べ始めた。  果たして、抹茶の風味は子猫ちゃんのお口に合うのだろうか。

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