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36.初めてのデパート(4)

 という事で俺たちはビューティーフロアを素通りし、ちょうど一階で待機していたエレベーターに乗り込み、最初の目的地である、四階の紳士服売り場へとやって来た。  このフロアは先ほどの一階とは打って変わって、落ち着いた雰囲気が漂っている。  各店舗の店構えがそういう雰囲気をかもし出しているのだろうが、そもそも、男が男の服を買いにデパートへ来て、やいのやいの騒ぐような事はまず無い。  よほどヤンチャしたい盛りの学生グループとか、あるいは子供連れの客なら話も別だが、各店舗を見る限り、ここの客層は、俺よりも年上のナイスミドルによる単独行動が多いようである。  俺が後に聞いた話では、子供のころ、運転主役を務めた親父がお袋に俺の世話を任せ、自分は一人でじっくりと、紳士服に各種雑貨、スポーツ用品なんかの品定めをしていたそうだ。  そういう男の趣味に、女子供の入り込む余地を許さなかったのは、いかにも頑固な親父らしい。  もっとも、その親父の目利きがあってこそ、俺は質の良いバットやグローブ、その他諸々を買ってもらえたんだろうけど。 「ここっておっきな服がたくさんあるんだねー」 「そうだなぁ。パッと見た感じ、ブランド物のスーツとか、カジュアルな私服をメインで売っているフロアみたいだ」 「浴衣、ありそう?」 「うーん……もうちょっと大衆的な服を売っているお店とか、呉服店なんかがあればいいんだけどな」 「ゴフクテンって?」 「呉服店は、主に着物を売っているお店の事だよ」 「浴衣って着物なの?」 「まぁ着物の仲間ってとこかな。今は夏だから、浴衣もついでに置いてるかと思ってさ」 「なるほどー」  ミオが両手のひらを合わせて納得する。 「て事で、ちょっとフロアを見て回って、呉服店を探してみようか」 「うん。お店、あるといいねー」  俺たちは再び手を繋ぎ、紳士服売り場に並ぶ店舗のチェックを始めた。  さすがは高級デパートに店を構えるだけあって、各店に陳列されている数々の紳士服は、品質の良さに比例して、相当なお値段が設定されている。  いかにブランド物のスーツとはいえ、上下セットで七万円は手が出せないなぁ。  万が一、何かの気の迷いで買ったとしても、出先で汚してしまうリスクを考えると、結局着ないまま、クローゼットの肥やしにしちゃうだけだろうし。  たぶんああいう高級スーツは、外回りの営業へ出かける俺よりも、幹部クラスだとか、個人事業主の人向けなんじゃないかな。  それはまぁいいとして、今探しているのは着物を取り扱っているお店なんだが、フロアのどこを見ても、売り物として並べてあるのはカジュアルな服やスーツ、そしてゴルフ用品ばかりだ。  紳士服のラインナップにも多様性があるはず! という期待感もむなしく、俺たちの浴衣探しは、これという収穫を得られずに終わろうとしていた。  そう、あの男に出会うまでは――。

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