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36.初めてのデパート(5)

「お、柚月(ゆづき)やないか」 「あ。佐藤」  俺たちがほぼ全ての店を回り終えて、きびすを返そうとしたところ、とあるファッションショップの前にて、会社の同僚である佐藤と出くわした。  出くわした、という表現はあまりよろしくないのだが、まだ佐藤がどんな奴かを知らないミオにとっては、思わぬ形での遭遇になってしまったのである。 「何や、お前も勝負服買いに来たんか?」 「え? 勝負服って何だ?」 「そら、女の子とのデートに着ていく一張羅(いっちょうら)に決まっとるやないかい」 「デート……」  大人への人見知りでそうさせるのか、反射的に俺の後ろに隠れて様子を見ていたミオが、ぼそっと(つぶや)く。  まずい。この会話を続けていたら、ミオに女の子とのデートする服を買うためにもここへ来たのではと勘ぐられてしまう。  この場は適当に流して、とっとと違う話題に移ったほうが良さそうだ。 「いや一張羅ってさぁ。それ去年末の、ユキちゃんと付き合う時にも同じ事言ってたじゃん。あれも勝負服じゃないのかよ」 「あれはもう捨てた」 「は!? 捨てた?」 「そらそうや。いつまでも、過去の忌まわしき思い出を引きずってたってしゃあないやろ」  忌まわしいも何も、勝手にお前が高級リゾートホテルを予約して、「重い」って理由でフラれただけじゃん。  そんな事でいちいち服捨ててたら、お金がいくらあっても足りないよ。 「オレが今日ここへ来たんは、今度の日曜、アミちゃんと行くデートのために着る服を選ぶためや」 「アミちゃん? お前、また新しい彼女できたの?」 「まだそこまで進んでへん。せやけど、今度のデートでアミちゃんがそうなるかも分からんやろ」  佐藤……何という見切り発車野郎だ。  まだ彼女にもなっていない女の子とお試しデートへ行くがために、くそ高い勝負服を買いに来たとは。  どうせなら、その服もアミちゃんの好みで選んでもらえば良かったのに。 「ほんで、お前は何しにここ来たんや。勝負服やないなら、スーツの新調か?」 「違うよ。今日は、うちのミオのために浴衣を買いに来たの」 「へ? ほなミオちゃんも一緒に?」 「そうだよ。ほら、ミオ。この人が俺が行ってる会社で一緒に仕事してる佐藤さんだよ。ご挨拶しよっか」 「……はぁい」  俺の背後からおずおずと姿を表したミオは、佐藤と相対するなり、お辞儀に近い角度で頭を下げる。 「こんにちは。唐島未央(からしまみおう)です」 「あ。ど、どうも初めまして、佐藤です。柚月くんにはいつもお世話になってますー」  なぜだろうか。ミオよりも、佐藤の方がどこかギクシャクしているような印象を受ける。  ひょっとして佐藤の奴、またミオの事を女の子だと思い込んで、浮ついた気分になっているんじゃないだろうな。

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