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37.デパートを満喫しよう!(9)

「イクラ丼って言って、ご飯の上にイクラだけを乗っけた丼ものもあるんだよ。何しろ味だけじゃなくて、食感も楽しめる具材だからね」 「そんなに卵いっぱい乗せて大丈夫なの?」 「たまに食べるくらいなら大丈夫じゃないか?」  ミオの「大丈夫?」とは、おそらく経済的な観点から尋ねているのだろうが、俺みたいな三十路に近い男は、思わず、健康面の方で答えてしまうんだよなぁ。  ただ、昨今の研究だと、話題の「プリン体」の含有量は、気にするほどではないという論文が多いそうだ。  そりゃあ毎日イクラ丼だったらさすがにヤバいんだろうだけど、こればっかりは人柱がいないと分からないよな。 「ところで。ここ結構お客さん入ってるけど、割と早く料理を持ってきてくれたね」 「そだね。ボクも、こんなにすぐ来るとは思わなかったよ」 「ちょうど腹減ってたから、早いに越したことはないか。んじゃ、さっそく食べちゃおう」 「はーい。いただきまーす」  元気よく手を合わせたミオは、海鮮丼に盛られている切り身を箸でつまむと、小皿に注がれたタレに浸して食べ始めた。 「んんー、ん?」 「どうしたの? ミオ」 「お魚さんおいしいんだけど、ボク、この食べ方で合ってるのかなぁって思って」 「はは、そういう事か」  いかに初めて食べる海鮮丼だとは言え、ミオが違和感を覚えるのも無理はない。丼から切り身だけを取り、タレにつけて食べる刺し身方式も悪くはないんだけど、それじゃあ白飯が減らないからね。 「そのタレは、丼にかけてもいいんだよ」 「そうなの?」 「うん。ただし、ご飯がしょっぱくならないように、自分の好みに合わせるんだぞ」 「分かったよー。じゃあ、ちょっとだけかけてみるね」  俺の説明が腑に落ちたミオは、両手で小皿をそっと持ち上げ、切り身やイクラにタレを回しがけしていく。  その微調整はどうやら自分の満足がいく結果だったようで、今度は味の染みた切り身と白飯を一緒に食べ、そのつど幸福感に満ち溢れた表情を見せるのであった。  実を言うと、海鮮丼には「食べ方のマナー」なるものが存在するらしい。  そのマナーなるものの正体とは、簡単に言うと、小皿のタレに各ネタをつけ、丼に戻してから食べるというものだ。  丼に直接タレをかけると、やれネタの味が全部同じになってしまうとか、丼の底にタレが溜まって白飯、あるいはシャリがしょっぱくなってしまうからダメだと言う理由からなのだが、単純に自分で調整すればいいだけの話じゃないの? と俺は愚考するのである。  わざわざ一切れ一切れタレにつけて丼に戻すのが正しい食べ方なんだよ、と教えたところで、その食べ方が「しち面倒臭い」と判断されたら、ミオはもう、今後一切海鮮丼を食べようとしなくなるだろう。

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