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52.夏の終わりに(24)

 突然のハプニングで変節した未玲に取り残された俺は、予約していたレストランに電話をかけてお詫びを入れ、たった一人で寂しいディナータイムを過ごし、しょげ返って家路についた。  といったキャンセルに対し、未玲は翌日、電話口で「二人分食べられたんだから満足でしょ」と言い放つと、文句のひと言もつけさせてもらえず、一方的に通話を切られてしまった。  あれが彼女の言うことかよ? と絶望した俺は、この一件がきっかけで、未玲と別れる事を考え始めるようになったんだ。  ……とまぁ、そんな忌わしい出来事を思い出しても陰うつになるだけだから、ここらで現実に戻ろう。結局何が言いたいのかというと、元カノと今カノであるミオでは、性格が全くの対極にある。これに尽きる。  ミオが慈愛に満ちた天使である事は疑う余地もない。未玲はさしずめ、「一身全て欲念(よくねん)なり」といったところだろう。 「あくまでざっくりとした計算だけど、二万キロというと、だいたい地球を半分くらい回ったという例えが多いみたいだね」 「えー、そうなんだ? じゃあ、日本から二万キロ歩いたら、どのあたりに着くの?」  二万キロを歩くってのがいかにも子供らしい発想だが、あえて触れずにおこう。 「よく、テレビ番組の話題で、日本の真裏……つまり半分歩いた先がブラジルだとか言われるけど、実際は、そのブラジルより東にある海に着くそうだよ」 「ふーん。だったら歩いては行けないねー。お船を借りなきゃ溺れちゃうもん」 「はは、そうだな。つまりGPS衛星も、そのくらい遠くで回ってるって事だね」  まだ十歳のショタっ娘ちゃんにも分かるよう、できる限り簡単に説明したのが、どうやら功を奏したらしい。ミオは抱きしめている俺の腕に、そのプニプニとしたほっぺたを寄せ、新しい知識を得られた喜びに浸っているようだった。 「あと、これは人工衛星の話じゃあないんだけどさ。天然の衛星である『月』も地球と引っ張り合ってるんだよ」 「テンネンの衛星? なぁに? それー」 「え。えっと、人の手で作ったんじゃない衛星の事だよ。地球の場合だと月が天然の衛星に当たるんだけど、他の惑星にも衛星があって――」  とまで話した途端、ポケットに突っ込んでいた俺のスマートフォンが、けたたましい着信音を鳴らし始めた。 「わっ! ビックリしたぁー。お兄ちゃん、何それ?」 「ご、ごめん。誰かが電話をかけてきたみたいだ。ちょっと出るから、庭の方に行ってくるよ」  もしも仕事の電話だった場合、自分の声が通話に乗ってはいけない。そう理解しているミオは、名残惜しさこそあるものの、無言で大きく頷き、愛おしく抱きしめていた腕から、そっと手を離した。  庭の方に出て距離を取り、画面を見てみると、電話してきたのは、会社の同僚である佐藤だった。何だ、ただの佐藤か。

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