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52.夏の終わりに(25)

 だったらミオから離れる必要もなかったか。あいつが盆休み中の夕暮れに電話をかけてくるって、何かが起きたからこそだとは思うんだけど、まさか地元の大阪で、女の子を口説(くど)き落としたとか、自慢話の(たぐい)じゃないだろうな。 「もしもし。どうした? 佐藤。腹でも壊したか?」 「一言目がそれかい! 何でオレが、『腹壊した』いうてお前に電話するねんな。もっと大事な話や」 「大事な話? 会社から何かあったのか?」 「ちゃう。仕事の内容でもあらへん。大阪で、お前に関係ある情報を掴んださけぇ、真っ先に伝えとこう思うてな」  こいつが時々使う「さけぇ」は、「何々だから」という意味なのだが、ここだけ播州弁っぽくなるのが不思議だ。  それは置いておくとして、大阪に縁のない俺が、一体何に関係するのだろう。盆休み中に聞かせるような事か? 「関係ある情報だって? 全く想像がつかないな」 「まぁ、せやろなとは思ったわ。結構ドギツイ話になるけど、まぁ神妙に聞いてくれや」 「あ、ああ。分かったよ」  何だ? ドギツイ話って。いつもの佐藤らしくないトーンで「神妙に」なんて言ってくるもんだから、俺もついつい身構えてしまった。 「なぁ柚月(ゆづき)よ。お前、過去に付き合うてた女おるやろ。ビレーか何か言うて」 「ビレー? ああ、未玲(みれい)の事だろ。それと大阪が何か関係あるのか?」 「ありもあり、大ありや。あの女、お前と別れてから日本中をフラフラしよってな、こっちでポリに縄かけられよったんや」 「え! 縄を!?」  そう聞き返した時の声がよほど大きかったのか、縁側に座るミオがビクンと体を震わせ、一体何事なのかと、心配そうな視線を向けてきた。  俺は通話を続けながら、右手を立ててミオに謝った後、再び佐藤の話に耳を傾ける。  ちなみに佐藤が「ポリ」と呼んでいるのは、要するに警察の事で、英訳の単語「POLICE」をカタカナで書き、最後の「ス」だけ略している。佐藤はよほどガラの悪い土地で育ったのか、誰かの影響なのかは分からないが、お巡りさんたちをひと括りにして「ポリ」呼ばわりするのは、とてもじゃないが上品だとは言えない。 「縄って要するに、未玲が逮捕されたって事だよな?」 「せや。こっちの新聞社で記事書いとる友達がおってな、そいつが府警から(ちょく)で仕入れた情報やさけぇ、まず間違いあらへん」 「でも、何だって逮捕されるような事を……」 「あの女、曲がりなりにもお前の元カノやったし、あんまり悪い事は言いとうないんやけどな。お前と別れてからも、金使いの荒さは直らんかったらしいわ。誰からもろたんか、出どころの怪しい金にも手をつけよったんやて」

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