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52.夏の終わりに(28)

「えぇ? 何だよ、その間抜けな話は。どうしようもない奴じゃないか。未玲も、そのチンピラも」 「せやな。せやからこそ、波長が()うたのかも知れんわ。今は仲良く留置所に放り込まれて、押収した証拠品から余罪もバレよったんや。ポリさんにも『他に何をどんだけやらかしたんか、ハッキリさせたる』言われてな、勾留期間の延長も待ったなしなんやて」 「で、未玲は当番の弁護⼠を呼んだのか?」  と聞いた途端、佐藤の声が聞こえなくなった。どうやら他のアプリから何らかの通知が来て、その内容を確認しているようだ。  ちなみに当番弁護士というのは、逮捕された被疑者が行使できる権利であり、一度だけ無料で弁護士を呼ぶことができる制度である。今回、未玲がやらかした美人局は私服警官に現認された上での逮捕なので、未玲の立場は非常に苦しい。  なので、当番弁護士を呼び、「取り調べにどう対応すれば良いか?」とか、「今後はどのようにして弁護をお願いすればよいか?」などの質問に対する助言をもらう事が必要になる。  よくある刑事もののテレビドラマで、被疑者役が「弁護士を呼べ! それまでは一切喋らんぞ!」とだけ叫んで黙秘するシーンを見た事はあるかと思うが、これが当番弁護士である。つまり、被疑者役は決して見苦しさで足掻(あが)いているのではなく、制度に従い、行使できる権利で当番弁護士を呼んだに過ぎない。 「佐藤? 聞こえてるか?」 「……あ、すまんすまん。今さっき届いた、ホッカホカの情報を確認しとったんや」 「ホッカホカ? さっき聞いた弁護士の事かい?」 「せや。それがな、あの女は大阪で腕利きな弁護士のセンセイに来てもろたらしいんやけど、女の態度が悪すぎて会話にならんっちゅうてな。愛想を尽かしたセンセイが手を引いたらしいわ。その代わり、事務所のルーキーを寄越す事にしたんやて」  という話を聞いて、俺は思わず天を仰ぎ、大きなため息をついてしまった。味方である弁護士を敵に回して、誰が何の得をするんだ? 全くあの女だけは、つくづく救いようがない。  とはいえ、たった一年の間だけど、未玲と俺は一応恋愛関係にあった。だからこそ、他人事(ひとごと)だとは割り切れないんだ。 「柚月。大丈夫か?」 「あ? ああ、ごめん。何とか気を保ってるよ」 「もしかしたら、お前のとこにもポリさんが事情を聞きに来るかも知れんよってな。念のために頭に入れとった方がええやろと思うて、急ぎで連絡したんや。せっかくの休みやのに、気疲れさせるような話ですまんな」 「いやいや、佐藤が気にする事じゃないよ。ありがとな、教えてくれて。ところで、そっちは休みを満喫できてるのか? あんまり冷たいものを食いすぎるなよ」 「おお。って、何でオレが腹壊す前提やねん! 昨日のかき氷三杯はさすがに来たけどな」  結局腹壊してんじゃないか。佐藤は何かとオチが付くやつだな。だからこそ、退屈しない仲間として付き合っていけているんだけれども。 「ほな、オレはこれから合コンの約束があるさけぇ、この辺でな。ミオちゃんにもよろしゅう伝えといてくれや」 「ああ、分かった。無事に帰ってこいよ。それじゃあな」  ……って。佐藤のやつ、こっちに彼女候補がいるって話してなかったっけ? にもかかわらず、地元の大阪でも合コンするのか。  そのバイタリティだけは認めるけど、あいつはあいつで、そのうち修羅場を作りそうだな。 「お兄ちゃん、大丈夫?」  通話を終えた俺の顔がよほど疲弊しきっていたのか、ミオが心配そうに駆け寄ってきた。

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