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58.いざ大阪(4)

    * 「柚月さま。この度は遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございました。よろしければ、お茶菓子も召し上がって行ってください」  現在の時刻は午後一時。施主である東条信三郎(とうじょうしんざぶろう)氏は多忙な人なので、施主との立会はわずか十分程度しか確保できなかった。  東条氏は、かような事態をあらかじめ想定していたらしく、希望する内容や細かな指示は、氏の第二秘書である京堂(きょうどう)さんに引き継がせていたのである。  そのおかげで、具体的な作業内容や、細かい部分に至るまでのすり合わせができた。  ざっくりとした計算ではあるが、これだけの大仕事なら、元請けであるウチの儲けは、最低でも三億円は下らない。さらに仕様変更が発生した場合は、追加で一億円程度は上乗せするだろうから、とんでもない大金が動く事になる。  次にやる事は、庭をリニューアルするための作業内容や資材の調達などを、付き合いのある複数の下請け業者へ回し、各々に見積書を提出させる。  言うまでもないが、ウチが下請けとして契約するのは、最も安く仕事をしてくれる業者だけだ。  ちなみに、業者同士が示し合わせて、各々が酷似した単価や合計金額で見積書を提出してきた場合、俗に言う企業連合(カルテル)の疑いが強くなる。  官民問わず、施主や元請けに対してカルテルを結成して入札した場合、相応の制裁が待っている。一定期間の指名停止はよく聞く処分だが、民間企業からの制裁は最悪で出禁になるのだ。  たいていの業務で、下請け業者が「これじゃ金額が合わない!」とぼやくのも分からない話じゃないが、だったら「合う業者」にだけ仕事を回すしかない。厳しい話に聞こえるのはやむ無しだけど、ウチと交わした契約で取り分が決まった以上、それを上回るお金を使って作業員を寄越したら、そりゃ合わなくなる。 「すみません。昼食からお茶菓子までご馳走になっちゃって、お心遣い痛み入ります」 「いえいえ。ココだけの話なんですけど、実はこのお菓子、いつも懇意(こんい)にしている、釣りエサを加工する業者さんからの頂き物なんですよ」  こちらの秘書さん、なかなかフランクな性格だなぁ。美人だし、ぴっちりとしたタイトスカートの長さから、色んな想像を掻き立ててしまう。  しっかしうめぇなあ、この金つば。和菓子の甘さは砂糖だけじゃ引き立たない、ってのが良く分かる一品だね。 「いやー、おいしいですね。やっぱりお茶請けは和菓子が一番だと実感しますよ」 「うふふふ。そんなにお気に召されたなら、お土産に一箱いかがですか?」 「え! いやいやそんな、もったいない」 「いいんですよ。会長は甘いものを好みませんから、お菓子類はいつもお土産として差し上げてるんです」  どデカい仕事の上に、こんな高級茶菓子まで貰っちゃうなんて申し訳なさすぎる。だが、ミオにも食べさせてあげたい! という願望が頭をもたげてきたのも、また事実だ。  ここはひとつ、愛しい恋人の喜ぶ顔を見るがためにも、お言葉に甘えちゃうとしよう。

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