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58.いざ大阪(3)
「ふぁー。……昨日はいっぱい寝たのに、あくびが出ちゃった」
「それってもしかして、生あくびじゃないか? 初めての新幹線だから、揺れに慣れなくて乗り物酔いした、とかのさ」
「そうなのかなー。でも、酔い止めのお薬は飲ませてもらったし、ただ寝すぎただけかもだよ」
比べてよいものかどうか分からないが、この子はリゾートホテルがある島への直行便に乗船した時も、体調不良を訴える事はなかった。
念の為、頭痛や吐き気などの症状がないかを尋ねてみたところ、俺の心配とは裏腹に、至って順調という答えだけが返ってきた。件 のスポーツ貧血による病態も、充分な休息を取った末に克服している。つまりは健康だということだ。
「確かに乗り物酔いじゃなさそうだね。もし、座席が窮屈 になってきたら、背もたれを倒してもいいよ」
「いいの? 怒られたりしない?」
「しないしない。今のところ、後ろの席にはお客さんが座ってないから、リクライニングし放題だぜ」
「リクライニングシホーダイってなぁに? 難しい英語?」
「いや……半分は日本語」
どうやら、ミオの天然は場所や状況を選ばないようだ。大阪という未踏の地へ向かうもんだから、あるいは繊細 になるのでは? と気にかけていたが、今日も相変わらずの天真爛漫 ぶりである。
「ねね、お兄ちゃん。大阪ってどんなところ?」
「俺もよく分かってないから何だけど、ウチの会社で働いてる佐藤が、『とにかくメシがうまい』って太鼓判を押すくらいだから、食に力を入れてるのは間違いなさそうだね。メシの為に、道頓堀 まで足を伸ばしても損はしないらしいよ」
「ドウトンボリ?」
「そう。元々は道頓堀川と言って、いくつかの橋が架かってる川なんだけどね。その橋の中でも、代表的なのが戎橋 だろうな」
「川じゃなくて、橋が有名なの? ながーい橋みたいな感じ?」
そう尋ねながら両手を広げる様子を見るに、ミオは川幅の大きさ、即 ち橋の長さがどう有名になるのか、自分なりの答えを模索しているようだ。
「橋の長さというより、周辺が目立っているって表現が正確かな。川に沿う建物に掛けられた、グリコのでっかい看板は、ミオもテレビで見たことあるんじゃない?」
「……あ! そういえば見たことあるかも。あれが戎橋なんだね」
「そうそう。看板の他にも、別名『ひっかけ橋』って呼ばれるほどお盛んな場所だったらしいよ。今もそうなのかは分からないけどね」
「なぁに? ひっかけ橋って。何をするところなの?」
「えーとな。あんまり大きな声じゃ言えないけど、要するにナンパができる聖地だったって話だな。俺たちには関係ない話さ」
という俺の言葉で腑 に落ちたのか、ミオが納得したような表情でがうんうんと頷く。将来のお嫁さんであるショタっ娘ちゃんを連れて、ナンパにふけるなど節操がなさすぎる。
そもそも大阪に来たのは出会いが目的じゃないし。
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