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58.いざ大阪(2)

「ねね、お兄ちゃん?」 「ん?」 「ほんとに、ボクが一緒に来ても良かったの?」  窓側の席にちょこんと座り、流れゆく景色を目で追っかけていたミオ。初めての新幹線で気持ちが高ぶっている反面、自分がお荷物になるのでは? という不安が(ぬぐ)いきれないようだ。 「いいんだよ。学級閉鎖がいつ解除になるか分かんないし。今日のご挨拶と立会(りっかい)だって、ヘタすりゃ日帰りじゃ済まないだろうからね」 「ご挨拶? お仕事の人と?」 「そう。住まいのある大阪だけじゃなくて、関西地方ほぼ全部で大儲けしている人らしいよ」  大阪在住のお大尽からご指名を受けた俺は、今日から会社の窓口としてご挨拶へ伺うと共に、とんでもなく広い庭の現状をフィルムに収め、ざっくりとした要望も伺う。我が社ではその下見を「立会」と呼ぶのだが、ミオの興味を引く言葉ではなかったようだ。  本来なら、この立会では、ウチと付き合いがある造園会社や庭師の親方も同席の上で、専門的な説明を受けるのが望ましい。  なぜなら、専門的な作業内容や、調達する材料の単価などを計上した見積書を作成するためには、現場で働く協力業者からの見積書を参考にするのが最も確実だからだ。 「ボクもお庭を見てみたいけど、さすがにお仕事だから、ついて行っちゃダメだよね?」 「まぁダメだな。仮に俺が許しても、仕事場に子供を連れて行ったと知られたら、お偉いさんから大目玉を食らっちゃうからさ。写真はこっそり見せてあげるから、仕事から帰ってきてからのお楽しみってことで、ね」 「うん。ありがと」  あまり込み入った話は聞かせなかったが、ミオを臨時雇用して業務に就かせている……みたいな認定がなされた場合、労働基準法、第五十六条の違反で厳しく処罰される。  だったらテレビドラマやCMに出ている子役も労働基準法違反じゃないの? という疑問が当然湧いて出るわけだが、先ほど挙げた労働基準法、第五十六条の二項にて例外を定めている。簡単に説明すると、芸能活動の範囲でさえあれば、十三歳未満の児童でも就労は許可されるのだ。  じゃないとさぁ。身長と体重は成人並み、声変わりも終えた成年男子を十歳のショタっ娘役に立てても、視聴者からは鼻で笑われるのが関の山だし。誰の得にもならないんだよ。  どちらにせよ、今日の営業先にミオを連れて行くことはできない。だから今回の出張では、チェックインが可能になる時間まで、宿泊先にある託児所で預かってもらうのである。 「ごめんな、ミオ。ほんとなら午前中にチェックインできるホテルが良かったんだけど、近くになくってさ……」 「んーん、いいの。大阪でも、お兄ちゃんと一緒にいられるだけで幸せだよっ」  そう答え、天使のような微笑みを向けるミオが、窓の外から照らす太陽光と相まって、いつもより眩しく見えた。この子の為にも、此度(こたび)の仕事は絶対に成功させなくちゃな。

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