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58.いざ大阪(23)
「どうかな、ミオ。おいしい?」
「うん。お口の中がさっぱりしておいしいよ! でね、お刺し身の味が大っきくなった感じもするのー」
「大きく? お刺し身の味が? ……あぁ、そりゃたぶん、ほんの一つまみ振った塩のおかげだね。塩が刺し身の旨味を引き出してくれたんじゃないかな」
「なるほどだねー。じゃあ、かぼすは香り付けってこと?」
「その通り。このお店の〝てっさ〟には当てはまらないけど、かぼす、あるいはすだちなんかの柑橘類 は、刺し身の臭い消しという役目で使うこともあるんだよ」
「むむー? そういえば、確かにかぼすの爽やかな匂いはするけど、ちょっとだけ噛み噛みするのも楽しくなったかもだよ」
「はは。不思議な食べ方だろ? 刺し身といったら刺身醤油が定番、みたいなイメージはあるけどさ。ポン酢もそうであるように、トラフグの刺し身に限っては、その限りじゃないって事だな」
「なるほどぉ。トラフグちゃんって不思議なお魚さんだねー」
先ほどミオが言った「噛み噛み」とは、〝てっさ〟に噛み応えが出てきたと伝えたかったんだろう。つまり、かぼす・すだちといった柑橘類を足す事で身が締まり、旨味と引き換えに失った弾力を若干戻す効果もあるわけだ。
まぁ、それも魚種や、旨味を引き出すまでに寝かせた時間によるから、全部が全部そうだとは言えない。「臭い」を「匂い」だと感じるのは人それぞれだし、噛み応えもピンキリってこと。
ちなみにウチの子猫ちゃんは、てっさに限ってはポン酢よりも、塩とかぼすの合わせ技で食べる方にハマったらしい。
塩味の効いたてっさを新たなメシのお供にして、炊き込みご飯をペロリと平らげてしまった。
この子の食べ進め方から察するに、たぶん、てっさで白飯が進むか否かを知りたくて、あえて炊き込みご飯を残しておいたんだろう。追加注文すればご飯もののおかわりはできるんだが、なにぶんにもミオは少食なので。
*
「割と行き当たりばったりなお店選びだったけど、ミオが喜んでくれて良かったよ」
「うん。トラフグちゃんのご飯、すっごくおいしかったよ! ありがとね、お兄ちゃん」
そう言って、ミオは遠慮がちに微笑んだ。やはり心のどこかで、トラフグのコース料理を頼んだ事による、俺の懐事情が心配になっているのだと思う。
まぁ無理もないよな。レジでお会計を済ませる時、俺の背中に隠れてお値段聞いちゃったからね。
二人分で悠々と万を超えるお食事代なんて、たぶん人生で初だったんだろうし、そりゃ驚きもするか。
でも、そのおかげってワケじゃあないけど、ミオがほんとに慎ましやかな子だという再確認はできた。まだ十歳ちょいだってのに、彼氏のために、自分のお小遣いを差し出そうとしたんだからね。
仕事とはいえ、せっかくミオを連れて大阪まで来たんだから、名物料理を食べさせてあげたいって気持ちが先走っちまったかもな。
明日の晩ご飯も高級料理店だと、佐藤の元カノみたいに「重い」って言われるかも知れないし、今度はミオに決めさせてあげるとしますか。
「ねぇお兄ちゃん、おやすみの時は、同じベッドで寝てもいーい?」
「もちろんいいけど。もしかしたら俺がミオに、変な気を起こすかもよ?」
「なぁにー? 変な気って。ボクのお尻を触ったりとかするの?」
「……絶対しない」
「だよね。お兄ちゃん、そんな人じゃないもん」
やれやれ。恋人同士になってまだ日が浅いのに、俺の甘さをすっかり見透かされちまってるよ。
いや、逆に信用されてる証拠なのか? 俺が肉食系だったら、「お兄ちゃんのお嫁さんになるー!」って言わない子だもんな。
――ま、どっちでもいいか。恋人同士なんだし。
大阪に来ても地元に帰っても、俺たち二人はいつも通りの、健全かつ甘々な関係ってことで。
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