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58.いざ大阪(22)

 ミオはこんな感じで、たまに突拍子もない発想が現実的かどうかを聞いてくるもんだから、いかに雑学王と呼ばれた俺でも、答えに(きゅう)する事がある。  曲芸的な、あくまで見世物としてなら近くの国辺りでやってそうではあるが、少なくとも、フグ刺しに包丁の二本持ちは不向きだろう。 「まま、とにかく食べようよ。てっさはコース料理の主役だし、鮮度が落ちる前に味わっとかなきゃね」 「うん! 食べよ食べよー。お皿の外側から取っていけばいいの?」 「今日はどっちからでもいいよ。ちなみにてっさは、ポン酢につけて食べるんだぜ。薬味もお好みでね」 「え。……ポン酢!? てっさちゃんを?」  よほどポン酢が意外だったのか、ミオはしばしキョトンとした後、お皿に盛り付けられたてっさと、ポン酢で満たされた小皿を交互に見比べ始めた。  そういや、リゾートホテルのバイキングでカツオのたたきに専用タレが合うと知った時も、この子は似たような反応を見せた気がする。  ミオの中では「魚の刺し身は刺し身醤油で食べるもの」という固定観念が覆されたんだから、一種のカルチャーショックみたいなもんだったんだろう。で、今日もそのショックを受けたわけだ。  が、口に運んでモグモグと咀嚼(そしゃく)した途端、未知の食べ方に対する疑問は、即座に吹っ飛んでいってしまった。 「おいしーい! 〝てっさ〟って、ポン酢だけの味じゃないよ、お兄ちゃん」 「よく分かったね。ポン酢と薬味のネギで食べるから、味が限定されちゃうと思いがちだけど、旨味が出た〝てっさは〟何もつけなくても充分うまいからな」  つまり、ミオが先ほど口にした「ポン酢だけの味じゃない」という言葉の意味は、寝かせる事で引き出したフグの旨味を、その舌で感じ取ったって事だ。  他の魚にも言えることだが、活け締めで寝かせた身は旨味が引き出される一方、弾力は徐々に失っていく。  しかしながら、トラフグの身は基本的に筋肉質である。マグロやブリのように分厚い刺し身にすると、いかに寝かしていても噛み切るのに難儀するだろう。  調理師免許を取り、修行を重ねて一人前になった板前さんは、トラフグの肉質をよく知っている。盛り付ける皿が透けて見えるほど、白身を薄く引いてゆくことで、初めて、絶妙な食感を味わえるのだ。 「ねねね、お兄ちゃん。〝てっさ〟を食べる時につけるタレって、ポン酢じゃなきゃダメなの?」 「んな事ぁないよ。要はトラフグの刺し身なんだし、地域によってはポン酢以外のタレだか塩だかで食べるところもあるから、まぁ多種多様ってとこだな」 「塩? お刺し身に?」 「そうさ。こんな感じで、てっさ一切れに小皿の塩をつけて、かぼすを垂らせば出来上がり。食べさせてあげるから、あーんしてごらん」 「あーん……」  たぶん、味覚に集中するためだとは思うんだが、ミオは何の疑いも抱くことなく、目を閉じたまま口を開けた。お互い、やましいところは一切ないはずながらも、俺だけがなぜか、このシチュエーションにドキドキしている。  これで口さえ閉じてしまえば、愛しいショタっ娘ちゃんのキス顔だよな。もしかすると、この子は、そんなキスの展開をこそ待っていたりするのでは?  ……さすがにそれは飛躍しすぎか。  バカな妄想はほどほどにして、早く、塩とかぼすにつけたフグ刺しを食べさせてあげよう。

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