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58.いざ大阪(21)

「あー、おいしかった! ボク、焼きフグが一番好きになっちゃったかもー」 「はは、よく分かるよ。タレはもちろんだけど、調理のために仕入れたトラフグが、調理を活かすほど上等なものだったんだろうな」 「そだねー。ボクは食べてからそう思ったんだけど、お兄ちゃんはどうして、いいフグだって分かってたの?」 「簡単に言うと、トラフグを仕入れた人の目利きだな。ひとつだけ決定的なものを上げるなら、魚市場の水槽で元気に泳いでいる()けのフグはさ、原則として調理師免許を持った人にしか売っちゃいけないんだ」 「どして?」 「買ったお店の中でさばくからだよ。この時点で調理師さんは毒のある部位を全部捨てて、食べられる分だけ氷締めにして持って帰るのさ」  補足するが、フグの調理にあたり、切り分けた可食部分以外は全て毒物であるため、生ゴミなどと一緒に捨ててはいけない。厳重に施錠できる容器に保管した後、フグ毒の処理を安全に行える業者に引き取ってもらうのが一般的だ。 「そうなんだ! じゃあ、たくさんのフグをさばいてきた人なら、フグの活きの良さが見分けられるってお話だよね」 「うん。たぶんこのお店も、目が利く板前さんがそうやって仕入れているんだとは思うけど、断言はできないな」 「じゃあ、他にもピチピチなフグちゃんを届けてもらう方法があるとか?」 「あるある。評判の良い鮮魚店の配送とかがそうだね。スーパーの見切り品を適当に買ってきて、ウチは高級フグ料理店です、なんてウソついてもすぐにバレるからな」 「あはは」  余談だが、その日にさばいた活きフグは、当日中すぐには提供しないらしい。なぜなら、締めて一定時間寝かせる事で、フグの身からは旨味が出てくるからだ。  その旨味をよく活かしているのがフグ刺しだ。ミオは青い陶器の大皿に盛られた刺し身に目が行くや、目を輝かせながら写真を撮り始めた。  さながら半透明な花びらのように盛り付けられた刺し身は、その盛り付け方にも芸術点がある。見て楽しむ料理の美しさに見惚(みと)れたミオが、写真に残したくなったのも無理はない。 「お兄ちゃん、これが〝てっさ〟だよね?」 「そう。名前の由来はともかく、今は、たまに当たって死ぬ心配が無くなったトラフグの刺し身だよ」 「綺麗だねー。こんなに同じ厚みで、花びらみたいにお皿に並べるのって、すごく大変そうじゃない?」 「確かに手間暇かかってるな。こういう芸術点の高い並べ方に個性が出るのはお店の特徴だけど、刺し身を切り揃えるために、専用の包丁を使うのは全国共通らしいよ」 「へー。どんな包丁?」  ミオは視線を斜め上に動かし、包丁の形状を頭の中で思い描こうとしているようだ。その一環として、この子の両手には各々、何らかの「エア包丁」が握りしめられているようだが、その正体が見えない。  あくまで料理用の包丁だから、決して二刀流だとは言わないのだが、なぜかこの子は、片手に一本ずつ持ってフグ刺しを作るイメージを膨らませているようだ。 「フグ引き包丁と言ってね、刃の部分が細長ーいやつを使うんだってさ。切るんじゃなくて、フグの身を引くための包丁なんだよ」 「そうなんだ。じゃあ二本持たなくていいの?」 「いや……まぁ……うん。さすがに包丁を一本ずつ持ってさばく料理には、俺も詳しくはないもんで」

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