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58.いざ大阪(20)
「さすがは焼きフグ、ご飯が進むわけだ。牛肉と比べても仕方ないけど、こんな風に締まった身を型くずれなく、タレに浸して食べられる。まさに魚肉の焼肉だよ」
「うんうん。おいしいねー! 炊き込みご飯のほぐし身もタレが染み込んで、ご飯と一緒に食べるのが楽しみになるんだー」
ご飯のお供なら何でもいい。例えば海苔 の佃煮や明太子、鮭フレークなどは単品料理でないから、オン・ザ・ライスに違和感はない。
しかし、こと焼肉を白飯の上に乗っけて食すと、女性に対する受けが良くない。佐藤は昔いた彼女の眼の前でこれをやって、「ご飯の上で焼肉バウンドさせるのやめなさいよ!」と一喝されたんだそうだ。
「ぶぁーうんどってなぁに? お兄ちゃん」
「……そんなに言いにくい単語だったか? まぁとにかく、ぶぁーうんどってのは、タレに漬けた焼肉を、一旦ご飯の上に乗っけて、タレが染み込んだ白飯ごと肉を食らう事なんだよ」
「それで怒られるの? でも、ボクもさっきぶぁーうんどしちゃったよー」
「いいよ別に、俺は絶対に怒らないから。だって俺も、さっきから同じ事して食べてるし、そもそもここはマナー教室じゃないからな」
そう言って俺は、辛口のタレに浸した焼きフグを炊き込みご飯の上に乗せ、肉とご飯をすくい上げて口に運んだ。
うめぇー! トラフグの身にもほんのり脂が乗ってるからジューシーでうまい。これでオン・ザ・ライスやめろは無理な相談だ。
「お兄ちゃんが教えてくれた通り、焼きフグってつけるタレもおいしいね! ご飯と一緒に食べるとよく分かるぅー」
顔をほころばせたミオは箸を置き、右の掌 でほっぺたを包み込んだまま、幸せそうにモグモグしている。「破顔一笑」とはまさにこのことだろう。
「な。メシをおいしく食べられる方法がぶぁーうんどだったら、進んでやるべきだろ。他人の顔色を伺いながら食べるご飯なんて、うまくも何ともないんだから」
そりゃ、仮に彼女と高級レストランでディナーを食べに来て、ヒレステーキを単品で食べるのはもったいないからという理由で、ライスの上でバウンドさせて食ったらひんしゅくを買うだろう。
俺はそんな躾 をミオにするつもりはない。世界で一番かわいい里子、そしてかわい彼女(男)に恥をかかすことがないよう、テーブルマナーを教える知識くらいは心得ている。
だったら彼氏の俺が目の前にいる時くらい、焼きフグのオン・ザ・ライスをやめさせろって? 冗談じゃないぜ。
俺たちは今、二人っきりでフグ料理を堪能する外食デートの真っ最中なのだ。そもそも個室というパーソナル な食卓において、一体誰におもねってテーブルマナーを守れというのか。
――焼きフグの食らい方に貴賎 なし!
これが俺の出した答えである。オン・ザ・ライス? 焼きフグバウンド? ドンと来いだ。かわいいショタっ娘ちゃんが幸せにメシを食えるなら、俺は全てを受け止めてやる。
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