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58.いざ大阪(19)
「失礼しまーす! こちら焼きフグと〝てっさ〟になります」
ミオが期待に胸を膨らませていた焼きフグとは、簡単に言い表すとフグの筋肉、つまり白身を焼いて食べる料理のことだ。
感覚としては焼肉に近く、お店によっては客が網の上で焼いて食べることもあるそうだが、ここの個室にある換気設備は、焼肉店ほど強力ではない。
高級フグ料理店の個室にダクトが似合うか否かの議論はともかく、ここでは焼き立てを届けてくれる。そういう但し書きを了承した上で、俺たちはコース料理を頼んだのだ。
「いい匂い! ねぇねぇお兄ちゃん、トラフグの身って普通に焼いただけじゃ、こんな甘辛そうな匂いにはならないよね」
「そうだな。たぶん焼肉と同じ作り方で、焼く前の身を、あらかじめタレに漬け込んであるんじゃない?」
「あ! なるほどだね。だから焼きフグちゃんってお名前なんだー」
「い、いや。『ちゃん』付けは、俺のちょっとした遊び心で……」
思わぬ誤解を招きそうになったが、焼きフグは見た目と分かりやすさを重視したからなのか、名前にひねりを加えていない。
むしろ、現代における〝てっさ〟や〝てっちり〟などの方が、鉄砲弾 みたいに「たまに当たったら死ぬ」心配がほぼ皆無となったため、観光客によっては由来を知らなかったりする。
――統計によると、日本中で最も多くフグを食らっているのはここ、大阪である。その需要に商機を見い出した人らがこぞって店を出してきたからこそ、調理師免許の取得を目指す板前さんも集まりやすい。
要するに、大阪のフグ料理が「食い倒れ」の名物たり得て来たのは、まともなお店で、調理師免許を持つまともな板前さんが、安全なフグ料理を提供し続けたからこそなのである。
それだけに、フグ料理の象徴で有名なお店が廃業するという報道は、日本全国を駆け巡るほどの衝撃だったわけだ。
「まぁ、とにかく。このお店で出す焼きフグちゃんの食べ方は、焼肉とほぼ同じだってことだね。甘口と辛口の、二種類のタレが用意してあるのも焼肉っぽいよな」
「そうなの?」
「うん。店によって個性が出るから、『焼肉の味はタレの味』って言う人までいるくらいさ。仕事仲間の佐藤は、焼肉店のタレだけで白飯が食えるんだぜ」
「ふーん。よく分かんないけど、佐藤さんはお金がないってこと?」
「え!? い、いやいや、それだけタレがおいしいって意味で佐藤の例を出したんだ。言葉足らずでごめんよ」
「んーん、いいよぉ。お兄ちゃんのお話を聞くの、ボク、大好きだから!」
ミオは俺を気遣ったというよりも、佐藤のエピソードそのものにあまり興味がないらしい。今は湯気立つ焼きフグを、甘口タレに漬けてオン・ザ・ライスしている。「ご飯のお供」としてはこの上ない選択だ。
すまん佐藤! 過去の笑い話として披露したつもりだったんだが、恋人のショタっ娘ちゃんにはピンと来なかったらしい。お金は持ってるんだよ、ただ彼女への愛が重すぎるだけで。
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