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59.商談二日目前夜(2)

「どうしたの? ミオ」 「うん、あのね。クラスメートの女の子たちとお話をしたのを思い出したの。お姫様抱っこのお話だよ」  ああ、なるほど。女の子たちにとって、お姫様はあこがれの対象だって話なんだろうな。  さすがに十歳ともなると、「将来はお姫様になりたい!」とは言わなくなってくるそうだ。ゆえに、大学によくあるサブカル系サークルに女性が加入すると、その紅一点は、再び「姫」として持ち上げられるのである。  まぁ、それとお姫様抱っこの話は別物だが、統計によると、成人女性のおよそ半数近くは、この抱っこによって幸福感を覚えるのだそうだ。  ただし、そのお相手は彼氏か旦那に限る。  ミオがクラスメートの女の子たちと交わした会話から察するに、王子様のようなイケメンにお姫様抱っこされるのは、うら若き乙女にとって至上の誉れなのだろう。 「そういや、俺と俺の親父に抱っこされたんだよね、ミオ。どっちの方が上手だった?」 「えぇ? そんなの、お兄ちゃんの方に決まってるよー。お祖父ちゃんはボクの彼氏じゃないんだからぁ」  抱き心地の違いを聞こうと思って尋ねたつもりだったんだが、ミオにとっては、技術よりも関係を重んじるようだ。  そりゃそうか。俺の親父ならともかく、どこの馬の骨とも知れぬ不審者にお姫様抱っこをされたとて、それは結局誘拐(ゆうかい)でしかないのだから。 「そっか。で、ミオの他にもいるのかい? お姫様抱っこされたクラスメートの娘って」 「いないよー。だからボク、みんなから冷やかされちゃって……」 「恥ずかしかった?」 「嬉しいのと、照れちゃったのが半分くらいかなぁ。男の子なのに、女の子たちより先にしてもらっちゃったんだもん」  こんな感じで、ミオが何の違和感もなくガールズトークにお呼ばれするのは、美貌やプロポーションなど、女の子寄りの部分が多いからだろう。その一方で、自分が男の子だという性の自認にも揺るぎはない。  要するにこの子は、単純に、恋愛対象の性別を一切問わないだけなのである。  まぁそれは俺も同じなのか? 仮に、ミオの何が好きになったかって問われると、迷うことなく「性格」だと答えるだろうし。 「ん? ってことは、ミオには既に彼氏がいるのバレちゃってるんじゃない?」 「うん、そーだよ。でも、お兄ちゃんが彼氏なのは内緒だよ。他の子に取られちゃったら嫌だもんね」 「他の子? クラスメートの?」 「そ。里香(りか)ちゃん家のお泊り会で、お兄ちゃんの写真を見せた子だけしか知らない秘密なの」  そこまで話すと、ミオは再び俺の腕に頬をくっつけ、スリスリして甘え始めた。こうしてみずみずしい肌が腕に触れると、毎回ドキドキする。  先ほどの、お姫様抱っこの件も含めて考えると、きっとこの子にとっては、世界で一番安心できる腕なんだろうなぁ。

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