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61.中期滞在(26)

「よっし! 課題の三分が経ったから、猫ちゃんのポーズ終わっていいよ」 「はーい。ありがと、お兄ちゃん」  タブレット内蔵のカメラを用いて、ミオが取るヨガのポーズを撮影する時間は約三分。その間、基本姿勢の四つんばいを維持しつつ、時には伸びをしたり、背中を丸めたりする。  そのシルエットはさながら猫のごとし……というか、おそらく猫から着想を得て確立したからこそ、本場インドのサンスクリット語でも、そのまま「マルジャリアーサナ(猫のポーズ)」という名が付いたのだろう。  しかし、どうして体育のオンライン授業に、ヨガを採用したのかねぇ。場所を取らないから、ご家庭でも簡単にできるって理由なのだろうか。 「どうだい、よく撮れてるだろ?」 「うんうん。猫ちゃんっぽく見えるー!」  密着するように座り、タブレットに収録された動画を覗き込むミオの状態を横目で観察する限り、汗がにじんだり、呼吸が乱れたりはしていないようだ。  まぁ。様々な坐法(ざほう)や独特な調息法(ちょうそくほう)(呼吸を整える手段)を駆使しながら瞑想に没頭し、自己探求や精神の安定化を目的とした、総合的な鍛錬(たんれん)としてヨガに励むのなら、ジョギングや筋トレのような有酸素・無酸素の運動とは根本が違うんだろう。たぶん。  むしろ、体内の気やエネルギーを整えるという意味では、太極拳の方が近いかも知れない。つまりは健康法の一環という考え方だな。 「それっぽく見えるよ。特に、伸びーをしてるところが猫ちゃんらしくてカワイイじゃん。で、今日はこの動画を送るだけでいいのかい?」 「そーだよ。後はヨガの感想文を書いて写真に撮って、動画と一緒に送ったら終わりなんだって」 「ほぉ。そりゃなかなか効率的だね」  送られた感想文の写真は、学校側が印刷すればプリント(書き込み用紙のこと)代わりになるから、少なくとも、提出するミオたち児童にとっては手間にはならない。  今になって蒸し返すのも何だが、元々は学校側が招いた学級閉鎖だから、「貸与したタブレット内のテキストエディタに、感想文を入力して送るように」みたいな、不慣れな操作を要求するような指導は控えているのかもな。 「……ヨガマットがないと肘と膝が痛くなるから、お兄ちゃんがタオルケットを敷いてくれました。ボクは、いつも優しくしてくれるお兄ちゃんが大好きです……と。見て見てお兄ちゃん! 感想文が書けたよー」 「どれどれ?」  ミオが猫のポーズを体験して、感じた事や思った事などをつぶさに書き記した感想文は、そのままオンライン体育の採点の対象になる。  ……のだが、ミオが見せてくれた感想文の半分くらいは、俺への感謝や愛の言葉で埋め尽くされていた。  実に名誉なことだし、里親・彼氏冥利(みょうり)に尽きる一方、両耳がほのかに熱を帯びるくらい、照れくさいのもまた事実だ。 「いいのかい? ミオ。ヨガの感想文は良くできてるから、間違いなく花マルは貰えると思うけど。タオルケットとかの話を――」 「だってぇー、ボク一人じゃ何もできなかったでしょ? お兄ちゃんがお手伝いしてくれたのも、優しいのも、大好きなのも全部ホントのことだもん!」  そう答えつつ、俺の腕に抱きついて甘え始めたミオの話では、夏休みの課題である日記も、こんな風に俺の話題で埋め尽くしていたらしい。  それでも、俺たち二人が恋人同士なのは依然としてバレてないってんだから、ミオにはよっぽど文才があるんだろうな。

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