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眠りおとこと人類の希望
理由を聞くと、来辺(くるべ)はくちびるを震わせ慎重に言葉を選びながら、
「三鈴(みりん)さんのことを、好きになってしまいました」
と告げた。
「好きに……、話したのか? あいつと」
「いえ、ほぼ話したことはありません」
来辺はそこはなぜかきっぱりと言い、晩鐘(ばんしょう)を戸惑わせた。
しかし晩鐘は、来辺のその気持ちと、三鈴の置かれている状況をかんがみ――自分以外がハッピーエンドを迎える図が描けた気がした。
――――――――――
話は、一月ほど前に遡る。
接木(つぎき)の件が落ち着いてきたところで、三鈴が彼のおとうとだということが知られてしまった。「てしまった」というが、誰もそのことを隠していたわけではない。
それに、おとうとと言っても三鈴は接木と血がつながっていない。接木の父が後妻に迎えたおんなの連れ子で、接木の血が入っているわけではなかったが、それでも接木の後任の『眠り役』に選ばれた。
ここ『東京魔界』に住んでいる人間は、誰もへんてこな超能力を持っているが、接木家の人間の能力はその中でも全く理屈では説明がつかない。しかし、今やこの非営利活動『ガーディアンズ』にはなくてはならない能力になっていた。そのため、三鈴にはなんとしても「その能力を持っている必要があった」。
環境を整えたからといって、能力が目覚めるわけでは決して無いが、三鈴の最初の眠りには最高級の環境が与えられた。東京魔界――東京都M区の玄関駅に直結している高級ホテル。その最上階のスイートルーム。宿泊のためのベッドだけではなく、リビング、書斎、キッチンまで備え付けられている。
「逆に寝れん」
三鈴は、持参したくまのぬいぐるみを持ったままおののいた。
そこで、護衛役の来辺と挨拶をした。
「……なんか、すみません……。うまくいくかわからないというのに、俺なんかの護衛に、『人類の希望』が」
「いえ、こちらこそ……。『人類の希望』なんて、恥ずかしいのでやめてください」
「いやいや」「いえいえ」
来辺は二十七歳で、三鈴よりも一つ年上だった。常に前線にいる来辺と、そのときによって配置が違う三鈴は顔見知りではあるものの、ほとんど接点はない。しかし『人類の希望』と言われている来辺のことを知らない人間はガーディアンズにはいない。
せっかくなので、と部屋の中の調度品を観察したり家電を触ったりしているうちに、料理人がやってきて、部屋のキッチンで料理をはじめた。
胃に負担をかけないもので、というオーダーで出てきたものをいただく。量は少ないように見えたが、噛みごたえがあったためか、食べ終わると満腹になっていた。そのあと少し休んで、入浴の時間だと促された。普段はシャワーで済ませることがほとんどだが、バスタブに湯を張り、足を伸ばしてのんびりとくつろいだ。
風呂から出ると、寝室は落ち着いた間接照明が灯され、ほのかに甘い香りがふんわりとただよっていた。入浴中に来辺がセッティングしたらしい。『人類の希望』にそんなことをやらせるなんて……。三鈴は恐縮したが、義兄の能力が彼に負けないほど貴重であったことに気づきプレッシャーが増した。
来辺はプリントされた今日のための解説書を見ながら、
「よく眠るには、お風呂から出てすぐではなく、1時間後くらいに眠ると入眠がスムーズだそうです。あと、ここからはスマホの光を見ないほうがいいというのでスマホはお預かりしていいですか?」
と告げた。三鈴は素直に従った。
では、これから一時間どうしたらいいのだろう。リビングにテレビはあるが、スマホの光がだめだというなら、液晶テレビの光もだめな気がする。書斎に行き本を選んではみたが、緊張で頭に入りそうにない。
「あの」
来辺が遠慮がちに声をかけた。
「はい」
「必要ならば、女を呼んでもいいそうですが」
「どの女? ですか?」
「プロの……」
ああ! と三鈴は察して、いいやいいです、と慌てて言った。
「普通に寝れそうなので、寝ます」
それほど眠いわけではなかったが、かといって「眠くなるのを待つ」ことをするのは面倒だった。寝室に入ると、来辺が慌てて、三鈴の持参したくまのぬいぐるみを持ってきた。
「このこ、どうしますか?」
「ああ……そのへんに置いておいてください」
てっきり、これがないと眠れないのかと思ったが、三鈴はそれほどは関心がなさそうに言って、電気を消した。
来辺はサイドテーブルの上にくまさんをそっと置き、部屋を出た。
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