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第3章 一年次・6月(6)
高志がはまりつつあるのに気付いたのか、今度は茂は他のゲームに変えようとは言わず、ずっと付き合ってくれた。確かにこれははまるかもしれない。練習次第で上手くなれそうなのがいい。
徐々に強くなってきた敵を相手に高志がどうにか一つステージをクリアし、交代した茂がプレイしている間、高志は画面を見ながら、さっきの一瞬の唇の感触を思い出した。それから遥香とのキスを思い出した。そして明日から始まる長い夏季休暇をまた思い出した。
「……お前さ、そんなに長い間会わなくて平気なのか」
「何?」
茂は画面を見つめたままだ。
「伊崎さんと」
「んー」
しばらく茂は返事をしないままゲームを続け、クリアしてから高志の方を見た。
「平気だと思うけど」
「そんなに舞い上がってるのに?」
「え? ……え、何? 肉体的にって意味?」
「ばか、違う」
即座に否定する。
「好きだったらってことだよ」
「……うーん」
茂は変に言い淀む。
「え? 好きじゃないのか?」
「さあ……まだよく分からない」
てっきりもう好きになっているものと思っていた高志は、予想外の答えに驚き、「じゃあキスは?」と聞いた。
「何でしたんだ?」
「それは……していいか聞かれて、俺がいいって言ったから」
佳代からということか。その可能性を考えていなかった。
「それでしてみたら、何ていうか……もっとしてみたくなって、その後は俺からも何回かしたけど」
ていうか、結構した、と悪びれずに茂は言う。
「お前」
それは。どう考えても、佳代の方は誤解したのではないか。好きになってもらえたと。
しばらく絶句していると、茂は少し声のトーンを落として言った。
「だから、夏休みはちょうどいいと思ってる。しばらく離れてたら、冷静になって色々と判断できるだろうし」
そんなことを考えていたのか。
ここ数週間の自分の推測がまるで外れていたことを、高志は知った。茂の本心は自分の予想を超えていた。あんなに楽しそうに彼女の話をしながら、わざわざ彼女のために帰省の日程をずらしながら、心の中では未だに彼女との間に一定の距離を保っているということか。それはもちろん茂らしいと言えばそうなのだけど。
むしろ自分の方が人間として単純すぎるのかもしれない、とすら高志は思った。
「それは、敢えて冷静にならないといけないのか?」
さっきみたいに、キスに舞い上がっておけばいいんじゃないのか。そうしてそのまま好きになってしまえば。
「でも、もし違ってたら悪いだろ」
「……まあ」
佳代はそれでもいいから茂と一緒にいたいのではないだろうか。いや、でも気持ちを偽って付き合い続けてもいずれは満たされない思いに更に苦しむことになるのかもしれない。確かに、そう考えれば、茂は茂なりに誠実であろうとしているのだった。
「冷静になった後、どうするんだ?」
「いや、まだそこまで考えてないけど」
淡々と答える茂を見ながら、高志は何故か落ち着かない気分になった。
横でゲームに興じている気楽な姿からは分からない、自分とは全く違う物の考え方をする茂に対して、高志は初めて何となく距離を感じた。
その日は終電前までぷよぷよをし、それからキングダムを借りて帰った。茂も一緒に家を出て、高志が知っている道に出るまで並んで歩いた。
「またな」
街灯の薄明りの中で、お互いに手を振って別れた。
夏休みは思ったよりもずっと早く過ぎていった。
高志は予定どおり、部活のために大学に通い、アルバイトに精を出し、時間が合えば遥香と会った。高校が同じだった遥香とは家も近く、顔が見たいと思えばすぐに会いに行くことも可能だった。
茂とはたまにラインで遣り取りをした。花火大会では少しだけ探してみたが、案の定、会うことはなかった。同じものを見ていたのは分かっているのに、何故かその後、茂から花火の動画が送られてきた。
高志の家族は毎年お盆に田舎に帰ることになっているが、高志は今年、適当な理由をつけて一人で家に残ることにして、遥香を家に誘ってみた。遥香にも家族の予定があるだろうから期待し過ぎないようにしていたが、遥香は了承し、その日高志の家に来て夕食を一緒に取り、そのまま高志の家に一泊した。
付き合って一年半経つが、遥香と一緒に朝まで眠ったのは初めてだった。控えめに言って、この上なく幸せだった。
そうしてすぐにお盆が終わり、8月が終わり、9月も半ばに入って大学が始まる日が近付くにつれて、小学生の頃のように高志は憂鬱になった。そして久し振りに茂のことを思い出した。あいつは今頃一人で冷静になっているのか、などと考えていた。
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