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第6章 一年次・12月(2)
高志が自分の皿に目を落としながら食べていると、茂が誰かに手を振る気配がした。そちらを見ると、少し離れたところから佳代が手を振っている。高志と目が合うと高志にも振ってきた。一つ頷いて返した。
「相変わらず仲いいな」
「うん? そうだね」
他人事のように返事してくる茂の言葉は、普通に明るい。
その後、二人の付き合いは特に変わらず続いているようだったが、佳代について茂がどう思っているのか、高志にはよく分からなかった。夏休みの間に考えてみると言った後、茂はそういった話を高志にしてこないし、逆に高志からわざわざ聞くこともしていない。他人が軽々しく問うような内容でもなく、何より高志自身、聞きたいような聞きたくないような気持ちだったからだ。茂から高志が思いも付かないような考えを聞かされると、少し落ち着かない気分になる。
「ばあちゃんが年末にぎっくり腰になっちゃって、まだあんまり本調子じゃないから、試験終わったらすぐに帰って手伝いしないといけなくてさ」
箸を置いた茂が、頬杖をつき、佳代がいた方を見たまま言う。
「そしたら、早めにチョコレートくれるって言ってた」
試験は1月中に終わる。それからすぐに実家に帰るので、2月14日には会えないということだろう。
「何か悪いよな」
「別に、ちょうどその日じゃなくてもいいんじゃないか」
「まあねー」
茂は、頬杖をついたまま、視線だけを高志の方に向けた。
「お前って彼女と喧嘩したことある?」
「いや、あんまりしないな」
「言い合いとかも?」
「たまに怒られたりはする」
「へえ? そしたらどうするんだ?」
面白そうに、頬杖を解いて茂がこちらを見てくる。
「謝る」
「はは。何か想像つくなあ」
「伊崎さんと喧嘩したのか?」
「いや、別にしてないよ」
茂は首を振る。
「佳代ちゃんは怒らないから」
「……バレンタインのことか? 気にしてんのか」
高志が聞くと、「まあ」と曖昧に答える。
「もし俺が細谷の立場だったとして、同じような事情で当日に会えなくても、多分そのことでは俺の彼女も怒らないと思うぞ」
遥香のことを考えながら、高志は言った。
「伊崎さんだって分かってくれてるんだろ。お前の気持ちも分かるけど、あんまり気にしないようにしとけ。な」
「うん、だよな。分かってる。サンキュ」
茂は笑って頷いた。それが上辺のものだとさすがの高志にも分かったが、それ以上は何も言わず、茂が別の話をするのに任せた。
試験が終わり、大学はまた長い休暇に入った。
高志は相変わらず部活のために大学にも通いながら、新しくチェーンの飲食店でアルバイトを始めた。二回生で履修すべき授業は一回生の時よりも遅い時間帯のものが多く、平日でも朝なら入れそうに思えたので、早朝シフトのある店を選んだ。
面接の際、春休みが終わった後も働き続けることが可能かどうか聞いてみたところ、慢性的に人手不足なのか、柔軟に対応するので是非働いて欲しいと快諾してもらえた。時給はそれほど高くはないが、平日でも多少稼げるようになるのは利点だった。
遥香もまた実家に帰ってきており、催事の販売スタッフの短期バイトを始めていた。土日が繁忙期のため、休みの間は平日に予定を合わせて会うことにした。もちろん2月14日にはお互いに休みを取った。遥香からはチョコレートを貰ったが、それよりも久し振りに遥香の部屋で二人で過ごせたのが嬉しかった。その一か月後の3月14日には遥香の好きなパティスリーに行って焼き菓子を買い、一緒に食べた。
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