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第8章 二年次・4月(1)
4月。二回生になり、茂と再会した。お互いの履修科目を確認すると、同じ専攻なので当然と言えば当然だが、半分以上が同じだった。
「サークルのやつらがさ、また藤代を呼べって言ってたから、近いうちまた俺んちに集合な」
「いいけど、何で俺?」
「あいつら藤代のこと好きだから」
「何でだよ」
「かっこいいからだろ」
「どうせお前が適当なこと話してるんだろ」
「何で。実際に直接会ったじゃん」
俺は何も言ってないよ、と茂は言う。
「あ、てかそう言えば、ついに佳代ちゃんまでぷよぷよやりたがっちゃってさあ。学校が始まったら対決する約束したんだった」
「伊崎さんもゲームとかするんだな。意外」
「ぷよぷよは大昔に家族ではまってたって言ってた。佳代ちゃんとこ、家族すごい仲良さげでさ」
とりあえずサークル仲間とのぷよぷよ大会は、4月中の金曜日に行うことになった。新入部員が入ってくる時期のため、柔道部でも茂のサークルでもどこかで歓迎会や親睦会が行われるはずで、その予定を確認して摺り合わせる必要があった。
「伊崎さんは? 予定聞かなくていいのか?」
「ん? うん、大丈夫」
「金曜いけるって?」
「え? あ、違う違う、佳代ちゃんは来ないよ。さっき言ったのは別口」
「そうなのか。ついでに呼べば?」
「いやー、さすがに気い遣うでしょ」
自分よりはよっぽどみんなと楽しくやれそうだが、と高志は思う。
「ていうか……ちょっと違うから。何か、俺的に」
茂の気が進まない様子を見て、もし自分だったら遥香を呼ぶかどうか考えてみた。自分もやっぱり呼ばないと思う。確かに、それはあり得ない。
「そっか、悪い」
「別に、藤代と三人とかだったらいいんだけどさ。サークルのやつらは何か違う」
「まあ、それだったら二人きりの方がよっぽど正解だけどな」
その時、そう言った自分自身の言葉で、ふと高志は佳代の本心に気付いた。
ぷよぷよはただの口実で、本当は佳代はただ茂の部屋に行ってみたかったんじゃないだろうか。
「初めて?」
「ん?」
「伊崎さんが部屋に来るの」
「そうだよ」
案の定、茂はそう答える。やっぱりかと思う。表面上いくら仲良さげに話していても、依然として茂はまだ佳代への心の壁を取り払い切れていないのだろうか。前に茂の部屋で話した時に知った、茂の持つ意外なほどの他人との距離感。
そして高志がそれを感じ取っているのであれば、佳代だって同じようにそれを感じているに違いないのだ。おそらく高志以上に。
きっと、茂だけじゃなく佳代も、休暇中に色々考えたのかもしれない。付き合いだしてからもうかなり経つのに、一人暮らしの恋人の部屋に招かれたことがないということに何も感じない訳がない。どうやって茂との距離を縮められるかを考えて、茂のテリトリーに少しでも入りたいと思って、口実を探したのだろうか。
いつもあっけらかんと明るい佳代の態度を思い出す。茂とも高志とも楽しそうに話す佳代の表情。やっぱり自分は他人の表面しか見えていない、と高志は思った。自分が入ったことのない茂の部屋に高志は招かれたと知った時、佳代はどう思ったのだろう。笑いながらぷよぷよにはまったのかと高志に聞いてきた時、本当はどんな気持ちだったのだろう。茂も佳代も、その笑顔の裏でもっとずっと複雑なことを考えている。それでも何もないように笑っている。
ふと目を上げると、茂と目が合った。
「お前、頑張れよ」
「……何を」
高志の考えが分かっているのか分かっていないのか、茂はそう聞き返してくる。
茂だって、高志に言わないだけで、色々と考えているのだろう。
でも、今回佳代を部屋に招いたということは、茂も佳代をもっと受け入れる気になったということだろうか。少なくとも、佳代がどういう気持ちでそう言ったのか、茂なら分かっているはずだ。
「ぷよぷよだよ」
「ああ。まあ勝つけどね俺が」
「あと部屋の掃除も」
「はは、それな」
自分がどうやら茂よりもむしろ佳代に共感しているらしいということに高志は気付いた。好きだから近付きたいという佳代の方がシンプルで分かりやすい。
でも、本当はもう少し茂のことも理解できるようになりたい、と高志は思った。
遥香が、今年度から新しく大学のテニスサークルに入った、と報告してきた。
もともと高校時代もテニス部だったが、自宅から通学している時には時間がなくて諦めており、一人暮らしを始めたおかげで参加する時間ができたらしい。二回生だけど新入生だ、と楽しそうに話している。
ゴールデンウィークの話になった時、高志は連休中に二人で旅行しないかと誘った。二人での旅行は初めてだった。遥香も興味を示し、しばらく行き先などあれこれ話していたが、そのうちに大学の長い夏季休暇の間ならシーズンを外して多少安い時期に行けるのではないかという話になり、最終的に9月に行くことに決まった。行き先は遥香に選んで欲しいと高志が言うと、遥香は嬉しそうに頷いた。
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