27 / 149

第8章 二年次・4月(6)

「……伊崎さんから、したいって言ったのか」  高志の言葉に、茂が頷く。  「ここに来た日?」  茂が再び頷いた。  「嫌かって聞かれたから、嫌じゃないって答えた。でもゴムがないって言ったら、佳代ちゃんが持ってるって」  声が少しずつ小さくなる。 「それで、シャワー浴びていいかって言われて、出てきたらバスタオル一枚で、そのままキスされて」 「……いや、詳しく言わなくていいから」  佳代に申し訳ない気がして、高志は途中で止めた。 「伊崎さんはお前が好きで、お前としたいと思って、それにお前が応えたんだろ。だったら伊崎さんも嬉しかったんじゃないか」 「ここでした。この、床の上で」 「それは別に」 「俺の服も、佳代ちゃんが脱がせた」 「……」 「俺はされるままになってて、でも佳代ちゃんの裸が見たくて、見たら触りたくて、入れたくて、中でめちゃめちゃ擦りたくて、それでゴム付けて入れた」  茂は抑揚のない声で話し続けていた。 「そしたら、佳代ちゃん」  声が詰まる。 「……痛い、って」 「――」 「初めてか聞いたら、初めてだって言った。俺、その時まで全然」  ぽたっと茂の手の甲に雫が落ちた。 「……佳代ちゃんみたいな子が、初めてなのにこんな床の上で、俺なんかと」  ぽたぽたっと落ち続ける。 「可哀相だろ、そんなの……」  静寂の中で、茂の嗚咽だけが響いていた。  高志からは、茂の顔は見えなかった。震える肩と、手の甲に落ち続ける雫だけが見えた。 「……細谷」  呼びかけたものの、続く言葉を高志は持たなかった。 「……」  それでも、高志の言葉で、茂は嗚咽を止めた。しばらく呼吸を整えてから、Tシャツの裾で涙を拭く。 「ごめん、藤代」 「……」  言葉が出てこず、せめて首を振ったが、おそらく茂には見えていない。  茂はしばらくして身を起こすと、高志に横顔を見せて座り直した。俯くその背中が丸い。高志はその姿を黙って見つめていた。 「藤代」 「ん」 「……俺はどうしたらいいと思う」  茂が静かな声で問うてくる。俯いたまま、こちらは見ない。 「……」 「お前がどう思うかでいいんだ」  答えられない高志に、茂が静かに促す。高志は考えがまとまらないままに口を開いた。 「……とりあえず、今別れるのはあり得ないと思う」 「うん」 「俺は正直言ってお前は伊崎さんのこと好きなんだって思ってたし……このまま付き合い続ければいいんじゃないかと思ってる」  言って、ああ、これでは茂の気持ちを無視している、と思った。本当はそうではないのをもう知っているのに、どうしても二人が楽しそうに話している光景を思い出してしまう。 「ごめん、これは俺の勝手な希望」 「いい」  藤代はそう思うんだろ、と、反論する様子もなく茂は受け入れる。どういう気持ちでその言葉を口にしているのか、茂の横顔を見ながら想像しようとしても高志には分からなった。どうしても、茂の立場になって考えることができない。茂が何を考えているのか、何と言って欲しいのかが分からない。どう言われると辛いのかも。 「……あとは、今度また伊崎さんを誘って、どこか綺麗なホテルにでも泊まって、次はちゃんとベッドの上で、優しくしてこい」  半ば思考停止して、高志が思い付いたままにそう言い放つと、茂はようやく顔を上げて高志を見た。高志も茂を見る。それは無理だ、と言われるかと一瞬構えたが、茂はかすかに微笑み、頷いた。 「わかった。そうする」  その返答に高志は思わず眉根を寄せたが、その感情は、口から出るほどの言葉にはならなかった。

ともだちにシェアしよう!