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第8章 二年次・4月(5)
居間に戻ると、座卓の上は片付けられていた。
高志が出てきたのを見ると、茂は立ち上がって「俺も入ってくる」と言った。いったん寝室の方に行き、着替えなどを持って出てくる。バスルームの方に行きかけたが、「何か飲む?」と高志に聞いてくる。
「炭酸系ある?」
「んー」
冷蔵庫を開閉する音がした後、茂はさっき高志が買ったビールとチューハイを一本ずつ持ってきた。座卓の上に置く。
「これしかない」
「サンキュ」
「お前のだけどな」
茂がバスルームに消えると、高志は缶チューハイの方を手に取って開けた。飲んでみると、強めの炭酸の喉越しが気持ち良かった。ごくごくと半分以上一気に飲む。普段飲む炭酸飲料と殆ど同じだったが、飲んだ後に少し喉が熱くなる感じがした。
体の湿り気がとれた後、Tシャツを着た。壁にもたれて足を伸ばし、片膝を立てる。後頭部も壁に付けると天井が見えた。バスルームからシャワーの音が聞こえる。また一口チューハイを飲む。いつの間にかニュースは終わり、ドキュメンタリー番組が流れている。他人の部屋で一人でこんな風に寛いでいるのは変な感じだ、と思った。
「眠い?」
そのまま目を閉じていると、シャワーの音が止まり、しばらくしてバスルームから出てきた茂に声を掛けられた。高志は目を開ける。
「いや」
眠いとまではいかないが、心地よい疲労感で少しぼうっとしている。
茂は部屋着らしきTシャツとスウェットを着ている。手に持っていた服を寝室に放り込んでからまた襖を閉め、座卓のそばに座った。置いてあったビールを開けて一口飲む。
「お前、明日何時に出んの?」
「8時過ぎかな」
「俺また寝てたら、また勝手に鍵締めてってな」
「寝てていい」
そう言い、また後ろの壁に頭を預ける。
「話って、伊崎さんのことだろ」
「……」
「お前のタイミングで話せよ」
高志はまた目を閉じた。気怠さが気持ちいい。もしかして酔ったのだろうか。
少しの沈黙の後、茂が身じろぐ音がする。
しばらくして、唇に何か柔らかいものが触れた。すぐ離れる。
目を開けると、すぐ近くに茂の顔があった。
高志が何も言わずに茂を見ていると、また茂が近付いてきた。目を開けたまま受け止める。さっきよりも長く唇が合わさる。
「……お前、酔うとキス魔になるのか」
再び唇が離れた後、同じ姿勢のまま、高志は言った。
「お前、男が好きなのか」
「……好きって何?」
茂は高志から離れ、背を向けて座卓のそばに座る。
「伊崎さんとまたキスしたのか」
「違う」
天井が見える。木目を眺めながら、瞼を半分閉じる。
「……セックスした」
「……」
そのまま完全に目を閉じた。数秒して、問う。
「……初めて?」
「……うん」
「今まで、しなかったのか」
「俺が、言わなかったから。佳代ちゃんからは言いにくかったんだろ」
「そっか」
「……聞かなくても自分で分かってるんだけど」
茂がテレビを消した。室内が急にしんとする。
「今別れたら、俺、鬼だよな」
高志はゆっくりと目を開けて、茂を見た。
「別れたいのか」
「……」
「じゃあ何でしたんだ」
「……してから、そう思ったんだよ」
「失敗したのか」
「失敗って?」
茂は少し笑って言う。
「ちゃんと勃ったし、ちゃんと入れたし、ちゃんとイったよ」
「……気持ち良くなかったのか」
「気持ち良かったよ」
俯いて淡々と言う。
「じゃあ何で」
「……」
「好きじゃないからか」
「だから、好きって何?」
俯く茂の横顔が見えた。視線は合わない。
「好きってどういう感じを言うんだよ」
茂の質問に、高志は一瞬答えに詰まった。
「だから……いつも頭の片隅にあって、いつでも会いたくて、触りたいとか」
「……何でそう思うの」
「何でって」
「どうやったらそう思うの」
「……」
「何で、俺は佳代ちゃんにそうならないの」
「……おい」
高志は体を起こした。
茂はかすかに震えていた。無意識に茂に手を伸ばす。
「これじゃあ……佳代ちゃんが可哀相だろ」
しかし茂の背中には届かないまま、その手は再び床へと降りた。
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