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第14章 二年次・12月(3)

 電車が到着する度、駅から人波が吐き出されてくる。何回目かの人波の中に茂を見付けて、高志は立ち上がった。 「藤代。悪い待たせた」  茂は手を上げて近付いてくる。 「いきなりごめん」 「いや全然? 暇だし」  とりあえず歩き出す。 「もう飯食った?」 「まだ」 「俺も。どうする、食ってく? 買ってく?」  空腹感も食欲もなかったため、高志は買っていく方を選んだ。いつものスーパーで適当に食料や飲み物を買う。最近は缶ビールと缶チューハイも必ず買うようになっていた。  アパートに着くと、茂は先に中に入り、部屋の電気を点けてから買ったものを座卓の上に置き、上着を脱いだ。高志も後に続く。 「今日バイトだった?」 「あー、いや、彼女と会ってた」  そう言われて、高志は茂に彼女がいたことを思い出す。佳代の時と違い、茂は二人目の彼女の話を高志に殆どしないので、高志はその存在を忘れかけていた。 「悪い。邪魔したんじゃないか」 「大丈夫」 「でも、晩飯一緒に食わなかったのか」 「うん。別に決めてなかったし」  ビールとチューハイを一本ずつ取り出して残りを冷蔵庫に入れ、茂は座卓のそばに座った。そして立ったままの高志を見上げて、 「今日も泊まってく?」 と聞いた。 「お前は明日予定ある?」 「ないよ」 「じゃあ泊まる」 「おう」  本当は、高志の鞄の中には泊まるための着替えが入っていた。家を出る前、茂に連絡するかどうかも決めないままに、何故か高志はそれを鞄に入れていた。  高志も茂の向かいに腰を下ろした。それぞれプルトップを開けて、おざなりに缶をぶつけ合う。 「あ、でもお前さ」  茂が箸袋から割り箸を取り出しながら、何でもない口調でいきなり核心をついてきた。 「日曜って毎週、彼女とデートじゃなかった?」  そのことは当然茂にも話したことがあった。高志は一瞬硬直したが、茂は何も気付かずに惣菜の容器を次々と開けていった。返答できない高志に気付き、顔を上げる。 「もしかして喧嘩中?」 「……うん」  高志が頷くと、茂は「へえ、珍しいな」と言い、料理を適当に自分の皿に取り分け、食べ始めた。 「まあ、でもたまにはあるよな」 「……違う」 「ん?」  咀嚼しながら、茂が高志の方を見る。高志も茂を見返すと、話せない茂が目で問いかけてくる。高志は首を小さく横に振った。 「……別れた」  そう言うと、茂は一瞬咀嚼を止めた。それから再開し、しばらくして飲み込んでから口を開いた。 「まじで?」 「うん」 「いつ?」 「先週の日曜」  高志が答えると、茂は無言のまま、また一口食べた。またしばらく沈黙が続いた。 「……お前、最近何か様子おかしかったし」  一口を食べ終えると、茂はいったん箸を置いた。 「変だなって思ってたけど……俺、何か別のことだと思ってたから」  ごめん、話聞けなくて、と言って、茂は静かに高志を見た。 「いや……全然」  自分が言わなかっただけだ。どうしてか茂に言えなかった。でも本当は聞いて欲しくて、結局こうして今日ここに来てしまった。  そういうことも全て、今は上手く口から出てこなかった。茂が黙ったままビールを飲むのを見て、高志もチューハイを一口飲んだ。 「……食べない?」  茂が静かに聞いてくる。高志の割り箸は箸袋に入ったまま、そこに置かれていた。 「食べたくない?」 「……うん」  茂は一つ頷くと、「そっか」と言った。 「まあ、また腹が減った時に食えよ。どうせたくさん残るから」 「分かった」 「俺はもうちょっと食うわ」 「うん」  そうして茂が食事を再開する横で、高志は何を考えるともなくただ座っていた。  こうやって当たり前のように自分を受け入れてくれる人間がいるだけで、こんなにも救われるのかと思った。 「なあ、後でぷよぷよやんない?」  茂が、何もなかったように明るい口調で聞いてくる。 「いいよ」 「実は久し振りだよな」  ぷよぷよ会のくせに最近やってないもんな、と笑う。つられて高志も少しだけ笑った。

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